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孫の結婚式前に悲劇「阪神」でも被災の夫婦 熊本

 かわいがってきた孫の晴れ姿をみることは、かなわなかった。熊本県南部を襲った豪雨で犠牲になった同県津奈木(つなぎ)町の農家、丸橋勇さん(85)。平成7年の阪神大震災で被災し同町に転居していた。新型コロナウイルスの影響で1年後に延期された孫の結婚式を楽しみにしていた矢先で、妻のミチ子さん(83)、長男の貴孝さん(58)も行方不明に。家族の幸せは、一瞬にして奪われた。(中井芳野)

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 デコポンの木が生い茂る同町福浜の小さな集落。勇さんは自宅で土砂に埋もれたとみられ、心肺停止の状態で発見された。深い爪痕が残る自宅周辺では、現在もミチ子さんと貴孝さんの懸命の捜索が続く。

 「孫が結婚するんだ。8月の式は延期しちゃうけど」。豪雨の2日前、勇さんは近所に住む浜田幸男さん(83)に照れたような表情でこう打ち明けた。家族の話はあまりしなかったという勇さんの報告に、浜田さんは「よっぽどうれしかったかでしょうね。それがなんでこんなことに…」と力なく話した。

「もっと生きたかっただろうに」と悔しさをにじませた丸橋ミチ子さんの妹、松本チエ子さん=熊本県津奈木町
「もっと生きたかっただろうに」と悔しさをにじませた丸橋ミチ子さんの妹、松本チエ子さん=熊本県津奈木町
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 ミチ子さんの妹、松本チエ子さん(76)や近隣住民によると、勇さんが会社勤めを終えた直後の7年、勇さん夫婦は自宅があった兵庫県尼崎市で阪神大震災に遭遇。自宅は倒壊こそ免れたが、大きく傾いた。当時、神戸市内にいた貴孝さんに長男が生まれたばかり。勇さんは生活の再建に追われながら、孫のために毎日のようにおむつやミルクを届けた。

 その後、勇さん夫婦は親戚を頼って津奈木町に転居し、孫を連れた貴孝さんも身を寄せた。ミチ子さんもおむつを替えたりミルクをあげたりと忙しく世話をし、幼い孫を抱く表情は愛情であふれていたという。

 孫が小学校に上がると、ミチ子さんは手を引きながら学校まで送ることもあった。松本さんは「それはむぞがって(かわいがって)むぞがってね。孫も『ばあちゃん』『じーちゃん』って、すごくなついてた」と振り返る。

 勇さんは慣れない畑仕事に苦労しながらデコポンの栽培に挑戦した。幼い頃に患った病気で右腕が不自由だったというミチ子さんも収穫後の袋詰め作業を手伝い、4千平方メートルの畑を持つまでになった。孫が津奈木町を離れて関東地方で働くようになってからは、育てたデコポンを送ることもあったという。

 かわいがってきた孫の「人生の晴れ舞台」を前に起きた悲劇。松本さんは、まだ行方の分かっていないミチ子さんと貴孝さんも思いながら、「あんなに楽しみにしていたのによ。今からだっていうときに。悔しくて悔しくてしようがない」と唇をかんだ。

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