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【ビブリオエッセー】心優しい書家の想像力 「大和仏心紀行」榊莫山(毎日新聞社)

 数年前、断捨離で蔵書と本箱を大胆に整理した。ところがこの自粛期間は図書館も休館だったので、読みたい本がまだ残っていないかと引き出しを探して見つかったのがこの『大和仏心紀行』だ。書家・榊莫山先生の詩画とエッセー集。「仏さんとの暮らしとか、大和徘徊のこと」が親しみやすい文章で綴られている。

 目にとまったのが「法華堂ノ落書キ-仏にすがり千余日」という一文。今から約九百年前、食べることさえままならぬ時代の大和に疫病がはやった。そこで、おそらく寺僧だろう、法華堂(東大寺三月堂)の柱に、「…千日不断ノ花ヲ供エマス」と大願起願の落書きを彫っていた。さらに反対側の柱には千二十日目に結願したことも。

 莫山先生は柱の落書きを見逃さなかったのである。何度か三月堂を訪れたが、二棟の堂宇が一つに見えるよう接合され調和のとれた優美な外観に見ほれながら、本尊の不空羂索観音にお目にかかることだけに心を奪われ、柱の落書きにはまったく気づかなかった。

 当時の疫病にはなすすべがなく大勢の感染者が死んでいった。仏の慈悲に願いをかけるほかなかったのであろう。その悲惨な世の中で千日余の日々、花を供え続け、真剣に祈った寺僧。落書きの心理にもふれ、著者の心優しい想像力には頭が下がる。

 コロナ禍が去ったとき、この本の一文「東大寺散策-ゆるり愉快な気分で」をまねて、近鉄奈良駅からぶらぶら歩いてみたい。三月堂を訪れ、二月堂の舞台に立って東大寺の甍やその向こうに見える奈良の町並み、生駒や二上の山々を眺めて遠い時代に思いを馳せ、日常を取り戻した幸せに手を合わせられたらと願っている。

兵庫県西宮市 谷川紘一郎77

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