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【ビブリオエッセー】読まずに損した30余年 『キッチン』吉本ばなな

 『キッチン』の単行本が出版されたのは1988年。当時、私は大学生だった。ずいぶん話題になったし、周囲にも読者がいた。当然、評判も耳に入る。だが頑として読まなかった。ベストセラー恐怖症で、流行り本を読むのに抵抗があった。

 月日は流れて30余年。きっかけは今回のパンデミックだった。非日常には非日常で。これまで読まなかったジャンルや全力で避けてきた作家たちを中心に、今年読む本の100冊リストを作成。ついに『キッチン』を初めて読む日が来たのだ。

 「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。」-印象的な書き出しで始まるこの本は表題作や続編の「満月-キッチン2」を含む短編集。主人公は、唯一の肉親だった祖母を亡くしたばかりの大学生、桜井みかげ。ある日、祖母に世話になったという、同じ大学に通う田辺雄一が現れ、彼とその「母」の家に居候することになった。

 雄一の母、実は性転換した父なのだが、実に魅力的だ。美しくて包容力のあるお母さん。田辺家に流れるやさしい時間の中で、みかげは生きる力を取り戻していく。短いストーリーを通して大きな事件は起きない。読後感はすがすがしく、やさしい気持ちになった。

 続編は一転、衝撃の出だしで始まるが、どうして出版当時に読まなかったのか。みかげと同じ大学生。よりリアルに追体験できたはず。

 読まずに損した、とはこのことか。このあとは村上春樹の『海辺のカフカ』も控えている。今後は読まず嫌いを辞めよう。ベストセラーには理由(わけ)があったのだ。千葉県船橋市 木里谷三奈53

     

【ビブリオ・エッセー募集要項】本に関するエッセーを募集しています。応募作品のなかから、産経新聞スタッフが選定し、月~土曜日の夕刊1面に掲載しています。どうか「あなたの一冊」を教えてください。

 投稿はペンネーム可。600字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556-8661産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。

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