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【ビブリオエッセー】逆境のあとに飛び立つ未来 「セミ」ショーン・タン著 岸本佐知子訳(河出書房新社)

 まさか21歳にもなって、父親に絵本が欲しいとねだる日が来るとは思ってもみなかった。ある動画配信サービス上で女性芸人が、『セミ』というこの絵本を紹介していた。普段はキレのある関西弁で漫才をしているその女性が、相方に読み聞かせをしていたのだ。要所要所の絵にモザイクが入っていて、涙ぐむ相方の反応とともに、セミが頭から離れなくなった。

 セミ、セミ、セミ…。小学生の男子でもここまで毎日、セミに思いを馳せることはないだろう。友達に「今めっちゃセミが気になるねん」と言えば「今年の春はセミロングが流行やもんな」と、自粛の今は誰に見せるわけでもないヘアスタイルの話と勘違いされる可能性もある。

 そんなとき父親が、「バレンタインのお返し何がいい?」と聞いてきたのだ。私は迷わず、『セミ』と答えた。手作りチョコレートと引き換えにセミの絵本を手に入れた。

 主人公はニンゲンとともに企業で働くセミ。姿は昆虫のセミだが、スーツを着てネクタイを締め、机に向かっている。欠勤はしたことがなく、ましてやデータ入力のミスも皆無。しかしニンゲンじゃないという不当な理由で感謝されるどころか馬鹿にされ虐げられる毎日だ。入社して17年目。昇進なしで定年を迎えた。

 最後の5ページに鳥肌が立った。ここから、文字の一切ない問題のページが始まる。つらい日々を乗り越えた先に待っている飛び立つ未来を垣間見ることができた。さらに、セミの笑い声とも取れる独特の鳴き声も印象深い。

 私は来年から社会人になる。逆境に立ったとき、この絵本が助けになるだろう。その鳴き声が、空の彼方から聞こえてくるかもしれない。「トゥク トゥク トゥク!」。

 大阪府八尾市 杉本杏奈21

【ビブリオ・エッセー募集要項】本に関するエッセーを募集しています。応募作品のなかから、産経新聞スタッフが選定し、月~土曜日の夕刊1面に掲載しています。どうか「あなたの一冊」を教えてください。

 投稿はペンネーム可。600字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556-8661産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。

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