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【ビブリオエッセー】切なさ募る古典の悲話 「春のわかれ」槇佐知子・文 赤羽末吉・絵(偕成社)

 日本の古典『今昔物語集』の一説話を、わかりやすく現代語に訳した物語絵本である。

 小一条の若君は十三歳の美しい少年。優しく聡明で誰からも慕われていた。事件が起きたのは若君の姉の輿入れの日。父の大臣(おとど)が大切にしていた家宝の硯(すずり)を従者の青年が気持ちを抑えきれず手に取り、誤って割ってしまったのだ。目撃した若君は取り乱した青年に、「そんなに嘆くではない。お前はもう、十分に反省したのだから」と慰める。さらに、もし父に問いつめられたら「『私がいくらおとめしても聞かず、若君がこの硯をとり出してごらんになり、あやまって落として割ったのです』というのだよ」。こう言って青年の罪をかぶった。

 青年の言葉を真に受けた大臣は激怒し、若君を敵とののしり追い出してしまう。若君は悲しみのあまり病に伏し、まもなく危篤となった。

 報せを受けた大臣は若君を抱きしめながら後悔の涙にくれる。(いったい私は何に狂って愛らしい子を叱りつけ、追い出したのだろう)。さぞかし私を恨んでいるだろうね。

 生死をさまよっていた若君は懐かしい父の声にはっとし、息をあえがせながら「垂乳根のいとひしときに消えなましやがて別れの道と知りせば」と詠む。《いずれ死ぬ運命とわかっておりましたなら…(あのとき)すぐに死んでいればよかったと悔やまれます。おうらみには思いませんが、さびしゅうございました》。若君の死後、大臣は真実を知った。

 親子の思いを深く、静かに読者へ語りかける。赤羽末吉の端正な挿絵が物語の悲哀をいっそう引き立て、余韻を残す。この父に少しの想像力があれば怒りを抑えて踏みとどまれただろう。いたいけな子供たちへの虐待など厳しい現実を思った。今は昔、の話ではない。

 大阪府岸和田市 河畑富美子45

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