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【ビブリオエッセー】十歩先が見えていた傑物 「胆斗の人 太田垣士郎 黒四(クロヨン)で龍になった男」北康利(文藝春秋)

 六十年以上前に黒部第四ダム建設を指揮した元関西電力社長、太田垣士郎の評伝小説である。

 「胆斗(たんと)」というのはとてつもなく肝っ玉が大きいという意味。ダム建設のため北アルプスの下にトンネルを掘っている時、破砕帯が崩れ大規模な出水に見舞われる。太田垣は現場へ駆けつけ、土ほこりが舞うぬかるみのなかを進みながら作業員を激励する。やがてトンネルの一番奥にある破砕帯が露出している断面に泥まみれになって到達した。その姿を見た社員や作業員たちは「社長も一緒に戦っている」と感じ入る。

 どこで胆斗を鍛えたのか。京都帝大を卒業後、銀行勤務を経て、阪急電鉄に入社。この時、創業者の小林一三の薫陶を受けながら車掌、運転手から百貨店勤務まで経験、利用者の視点を身につけたという。その一三はこう語っている。

 「百歩先の見えるものは凶人扱いされ、五十歩先の見えるものは多くは犠牲者となる。十歩先が見えるものが成功者で、現在を見得ぬものは落伍者である」

 後年、京阪神急行電鉄(現阪急阪神ホールディングス)社長までのぼりつめ、関電社長へと転身した太田垣の名前が時の吉田首相の耳にも届き、国鉄総裁就任の話が持ち込まれた。しかし太田垣は頑として断る。

 それから半年後の昭和三十年五月、国鉄宇高連絡船「紫雲丸」が沈没、修学旅行中の小学生ら百六十八人の尊い命が失われ、長崎惣之助国鉄総裁は辞任した。黒四着工はその一年後のことである。まさに十歩先が見えていたのだろう。太田垣もさることながら一三の慧眼に独り合点して本を閉じた。

 大阪府箕面市 幸虎人 80

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