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【歴史シアター】五塚原古墳、箸墓と「兄弟墳」 築造時期確定の土師器出土 京都・向日市

五塚原古墳で見つかった竪穴式石室(向日市埋蔵文化財センター提供)
五塚原古墳で見つかった竪穴式石室(向日市埋蔵文化財センター提供)
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 京都府向日市の前方後円墳「五塚原(いつかはら)古墳」で、河原石を積み上げた竪穴(たてあな)式石室が見つかり、周辺から3世紀中葉の様式を持つ土師器(はじき)が出土した。築かれた時期を特定する初めての〝物証〟で、邪馬台国の女王・卑弥呼の墓との説がある出現期の前方後円墳「箸墓古墳」(奈良県桜井市)と同時期に築造されたことが裏付けられた。規模の違いはあるものの、築造方法に共通点があるうえ、築造時期も近いことが明らかになったことから、五塚原は箸墓の「兄弟墳」だった可能性が浮上。奈良盆地南東部に生まれたヤマト王権の大王クラスの墓が箸墓とすれば、「(五塚原には)王権の一翼を担った主要人物が葬られたのでは」といった声が上がる。

(編集委員 上坂徹)

◆竪穴式石室の発見

 京都盆地南西部の丘陵に築かれた五塚原古墳は全長91・2メートル。後円部が径54メートル、前方部が長さ40・5メートルの前方後円墳。後円部は3段(3段築成)、前方部は先端に向かってバチ形に開く形で2段(2段築成)で築造されている。昨年に後円部の墳頂(中央)部分を発掘調査したところ、埋葬施設である竪穴式石室を確認。掘り下げた穴の壁面に地元の河川で採取されたとみられるふぞろいの自然石を垂直に積み上げ、最上部に天井石をかぶせて石室を塞ぎ、その上を土で覆っていた。基底部の調査はしていないため、棺(ひつぎ)などの確認はできていない。

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 竪穴式石室の周辺からは土師器の二重口縁壺(こうえんつぼ)10体以上の破片が出土。3世紀中後期を示す土師器の型式に分類されることから、五塚原の築造時期もこの範囲であることを裏付けた。

◆共通する特徴

 一方、3世紀初めに現れた巨大集落跡「纒向遺跡」にある箸墓は全長約280メートル。200メートルを超える大型前方後円墳では最も古く、その後の前方後円墳のモデルになったとみられている。墳頂で見つかった埴輪(はにわ)や周濠(しゅうごう)状遺構で確認された土師器の型式などから、築造時期を3世紀中期から後期とする研究者が多かったが、この土師器の付着物を炭素年代法で分析した結果、240~60年に求められることが判明、築造を3世紀中葉とする見方が打ち出されている。

注目が集まる五塚原古墳=京都府向日市
注目が集まる五塚原古墳=京都府向日市
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 規模では大きな差がある箸墓と五塚原だが、前方部は細長いバチ形▽前方部の平坦(へいたん)面が先端に向かって高まりをみせている▽後円部と前方部の境(くびれ部)から、後円部の墳頂に向けてスロープのようなものが設けられている-など、共通する特徴が多い。

(次ページは)「兄弟墳」の関係…

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