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【ビブリオエッセー】たおやかな生き方に学ぶ 「時雨のあと」藤沢周平(新潮文庫)

 作者の時代小説に英傑や歴史上の大人物は出てこない。主人公は市井の人々や下級武士ばかり。この本も、望まないめぐりあわせに抗いながら生きる彼らの姿が丁寧に描かれた短編集である。 

 最後の一編「鱗雲(うろこぐも)」の主人公は、父と妹を相次いで亡くした小関新三郎。藩の役目を終えての帰り道、地蔵堂で倒れていた娘を介抱し、母が待つ自宅へ連れ帰る。実はこの娘、父親の敵を討つため隣の藩をめざす途上だった。さらにもう一人の娘が新三郎の許嫁だ。新三郎を慕いながらも藩政の渦に巻き込まれ、自ら命を絶つのである。

 苛烈な運命に飲み込まれる登場人物たちが、作者の巧みな筆致で描き出されていく。物語は最後の三ページで大団円を迎えるが結末は何度読んでも心打たれる。ぜひ本を手に取っていただきたい。

 小説で描かれた人々と同様に、肺結核や配偶者の死など藤沢自身もまた、望まないめぐりあわせに翻弄されたことはよく知られている。だからこそ慎ましく生きる市井の人々に寄り添うような物語を紡ぎ出せたのだろう。物語を単なる悲哀だけに終わらせないところに藤沢文学の真骨頂がある。

 望まないめぐりあわせといえば現代に生きる我々にも突然降りかかる。いまは新型コロナとやらに世界中が翻弄されている。予期せぬ災難と対峙した時、私のような一介の市民にとって大切なのはPCR検査や非常事態宣言よりも(もちろん必要だが)、藤沢作品の人々のような「たおやかな生き方」ではないだろうか。しなやかだが芯の通った生き方。美しいと思う。

 京都府亀岡市 松下久 60

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