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【夜間中学はいま 卒業編(3)】「お父ちゃん、約束果たしたよ」 

「お父ちゃんとの約束を果たせた。墓前に卒業を報告したい」と話す植松和子さん=堺市(安元雄太撮影)
「お父ちゃんとの約束を果たせた。墓前に卒業を報告したい」と話す植松和子さん=堺市(安元雄太撮影)

 「お父ちゃんがいなくても、ちゃんと学校に行って勉強するんやで」。戦地へ赴く父は、幼い娘に言い聞かせた。その約束は長い歳月を経て果たされた。堺市立殿馬場中学校夜間学級で9年間学び、卒業を迎えた植松和子さん(85)。「お父ちゃんのお墓に卒業証書を持って行って報告したい」と目を潤ませる。

 昭和20年7月10日未明、爆音が轟き、跳び起きた。米軍機の焼夷弾で堺の街は火の海に。6人きょうだいの2番目で10歳だった植松さんは、弟と妹を乳母車に乗せ、仁徳天皇陵を目指して逃げた。夜が明けて戻ると、あたりは焼け野原。家も学校も跡形がなく、呆然と立ち尽くした。

 戦後は生きることに精いっぱい。バラック小屋で母を助けて家事やきょうだいの世話を担った。近所に住む看護師にあこがれて人を助ける仕事がしたいと思ったが、受験資格がなく希望の道に進めない。「学校に行っていないということを思い知らされました」

 4人の子供を育て、40歳頃から病院で付添婦などとして働いた。ヘルパーの資格をとり、85歳の今も訪問介護の仕事を続けている。

 夜間中学との出会いは、家のポストに投げ込まれた生徒募集のチラシがもたらした。「ずっと学校に行きたかった。若くして亡くなった教育熱心な父との約束が果たせるかも、と喜びました」。76歳で中学1年生となり、新入生代表として誓いの言葉を述べた。

 学校は楽しく、子供の頃に味わえなかった友達との時間や学ぶ喜びを取り戻そうと夢中になった。生徒会の会長なども務めた。先生は全員年下だが、丁寧に教えてくれた。「一緒にものを考えてくれる先生たちです」と信頼を寄せる。苦手な数学は授業についていくのが大変だったが、「学校に行くのが嫌になったことは一度もない」と言う。

 75年前の夏、空襲で逃げ遅れた人々の遺体が道のあちこちにあった。遺体を焼くにおいもはっきり覚えている。「戦争は二度としてはいけない」。戦争や貧困などで学びを奪われた人たちのために設けられた夜間中学で学び、その思いを一層強くした。

 「夜間中学」に関する体験談やご意見、ご感想を募集します。

 住所、氏名、年齢、電話番号を明記していただき、郵送の場合は〒556-8661(住所不要)産経新聞大阪社会部「夜間中学取材班」、FAXは06・6633・9740、メールはyachu@sankei.co.jpまでお送り下さい。

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