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【一聞百見】被災者のためなら法破る覚悟で 岡山県総社市長の片岡聡一さん(60)

西日本豪雨で総社市が被災した際、ボランティアに立ち上がった地元の高校生らを前に支援の呼び掛けをする片岡聡一市長。「高校生の力は市の宝」という =平成30年
西日本豪雨で総社市が被災した際、ボランティアに立ち上がった地元の高校生らを前に支援の呼び掛けをする片岡聡一市長。「高校生の力は市の宝」という =平成30年
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■現場経験、西日本豪雨で生きる

 --総社市は全国の被災地に職員を派遣する条例を制定していますね

片岡 平成23年の東日本大震災以降、被災自治体の要請を待たずに自発的に被災地に赴く支援を行っています。市税を使う根拠として条例を平成25年に定め、毎年1000万円の予算を可決しました。昨年までに市職員561人のうち177人が支援を経験しました。その経験が西日本豪雨で被災地になったときに役立ちました。

 --というと

片岡 行政はどうしても公平平等を重んじますが、それでは対応は後手に回り状況を悪化させてしまいます。28年の熊本地震では余震を恐れ、多くの人が車中泊し、エコノミークラス症候群で体調を崩しました。そこで、登山家の野口健さんとテント村を開設し、156世帯571人を収容しました。この時も誰を収容するのかについて公平性への疑義が示されましたが、被災者の健康のために急を要すると地元自治体を説得し実現しました。

 --そうした判断力、行動力は被災地の現場で支援を体験して初めて分かるということですね

片岡 防災訓練だけでは身に付きません。総社市は被災地になって、すべての支援物資を受け入れました。これも他の自治体への支援の際、行政が善意の支援物資を断っているのをみて教訓としました。古着や食器、子供の玩具などすべてボランティアが整理し磨き、“宝物”に変えてくれました。フリーマーケット方式で被災者に開放し、ひとつ残らず役立てていただきました。善意に無駄なことはありません。受け入れ上手になることで支援の輪がどんどん広がるのです。

 --あるボランティアは体験ブログで総社市に支援に行った理由を「受け入れ体制がしっかりしている」と書いていました

片岡 歌手のさだまさしさんからもそうした手紙をいただき、地元の高校生ボランティアを支援していただきました。

熊本地震で車中泊する被災者を収容するテント村を開設した片岡聡一市長。右は登山家の野口健さん =平成28年
熊本地震で車中泊する被災者を収容するテント村を開設した片岡聡一市長。右は登山家の野口健さん =平成28年
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 --高校で防災教育を実践していたのでしょうか

片岡 全国で災害が起きる度に、市内で支援活動が立ち上がるのをみていたのだと思います。ある高校生から私に「何かできませんか」とツイッターが送られてきたのでお願いしたら、約1000人が市役所に集まってくれました。彼らは泥かき、支援物資の仕分け、避難所運営、子供の世話まで幅広く活躍してくれました。

 --さださんはエッセーで高校生の活躍を「総社モデル」とたたえています

片岡 もうひとつの総社モデルは私をはじめ市の全職員が災害対応で泥かきをしたことです。業務がある中では意外と難しく、どこの被災地もなかなかできないのですが、経験した職員は「被災者の無念さを目の当たりにし、寄り添うことが必要なのだと理解できた」と言っていました。自宅が再建され、町が復興しても、突然生活が壊され、家族を失った無念さは消えません。そうした心の空白を少しでも埋めるには周囲の人間が寄り添うことしかありません。その覚悟を私は全職員に求めました。

(次ページ)「被災者寄り添い室」設置、そして

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