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【阪神大震災25年】妻との25年「幻のよう」 元郵便局長・橋詰義郎さん、防災に打ち込み

震災で亡くなった妻の妙子さん(橋詰義郎さん提供)
震災で亡くなった妻の妙子さん(橋詰義郎さん提供)
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 もっと丈夫な家を建てればよかった。妻の手を引っ張ってたぐり寄せていれば助かっていたかもしれない-。亡くなる直前に聞いた妙子さんの声がどうしても耳から離れず、後悔と自責の念に何度も押しつぶされそうになった。

 「地域住民のために働こう」。橋詰さんは震災からわずか約2週間後に郵便局を再開。被災住民に押印と住所、署名のみで生活資金を貸し出したほか、電話や水道も無料で提供した。「ありがとう」「頑張りや」。そんな住民の言葉が悲しみに暮れていた橋詰さんの心の支えになった。

 平成20年に退職。現在は地元の野田北部自治連合会長として、AED(自動体外式除細動器)講習や消火器を使った実践的な訓練を企画するなど、地域の防災力向上に励む。また、毎年1月17日には地元の小学校を訪れ、児童らに震災の記憶を語り継いでいる。

 震災から25年を前に昨年末、長田消防署に設けられた「震災郵便ポスト」に、妻や震災への思いを手紙につづって投函(とうかん)してみた。妻とともに過ごした25年という時間に、失ってからの時間がついに追いつく。「妻のいない苦しい25年に比べると、一緒に過ごした時間は幻だったんじゃないかと思うぐらい、短く感じてしまう」。だが苦しい時間も、「地域のために」と全力で生きてきたつもりだ。

 「『よう頑張ってるな』って褒めてくれたらうれしいな」。天国の妻を思い、目に涙をにじませながら、はにかんだ。

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