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【四半世紀の歩み 震災25年】(下)「息子夫婦の贈り物」遺族つなぐ文通の輪

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 《寒くなりましたね。雪の中で走り回る幼いわが子が思い出されます。お体変わりないですか》

 兵庫県豊岡市の足立朝子さん(83)は、亡き息子がつないでくれた縁を思い、毎日のように手紙をしたためる。宛先は阪神大震災や東日本大震災などで同じようにわが子を失った親や被災者ら100人以上。「書くことで大きな慰めになる」と、今日も傷を分かつ仲間に向けて筆をとる。

 25年前のあの日、長男の伸也さん=当時(27)=は、妻の富子さん=同(25)=とともに神戸市灘区のアパートの下敷きになった。新婚わずか4カ月。伸也さんの遺体は富子さんをかばうような姿で見つかった。10日後に兵庫県加古川市のマンションへ引っ越しするはずだった。伸也さんの遺骨を手に豊岡市の自宅まで車で帰ったが、火葬を終えたばかりの遺骨は包んだハンカチ越しにも温かかった。

 親に苦労をかけまいと、大学の進学や結婚費用は奨学金などを使い、全て自身で用意した伸也さん。「我慢強く、心優しい息子に二度と会えない」。胸が張り裂けそうだった。

 眠れぬ日々が続く中、紙に気持ちを書きとめることで、何とか乱れる心を保った。震災から約1年後、大阪で暮らす妹が朝子さんを気遣い、「文通しよう」と声をかけてきた。絵はがきに日々の出来事や伸也さんへの思いをつづっていると、不思議と心が軽くなった。妹からの返事が生きる支えになった。

  ×  ×  ×

 文通の輪は震災から5年後、東遊園地(神戸市中央区)での追悼式で同じ境遇の遺族たちと出会ったことで広がった。普段は吐き出せない苦しみを遺族たちは黙って聞いてくれた。交換した住所に思い切って手紙を送ると、《朝子さんからの言葉で励まされました》と返事があった。以来、「少しでも私の言葉が慰めになるのであれば」と、震災イベントなどで知り合った新潟県中越地震や東日本大震災の被災者に向け、日々手紙を送り続けている。

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