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阪神大震災の反省と教訓 初動と避難への意識付け重要

 6434人が犠牲になった平成7年の阪神大震災から17日で25年となる。この間、国内では大規模な自然災害が多発し、多くの人命が奪われた。災害のたびに指摘されるのが、「阪神の教訓は生かされてきたのか」という点。この四半世紀を振り返ると、国や自治体側に求められてきた災害対応と、命を守るために必要な行動が浮かび上がる。

■初動対応の遅れ

 阪神大震災の反省点として指摘されるのが、官側の初動対応の遅れだ。

 当時、兵庫県公室次長兼秘書課長だった斎藤富雄氏(現・神戸山手大学長)は「震災前、近畿に大地震はないという意識が国や自治体に広まっていた。防災担当の職員も少なく、初動の備えはゼロに等しかった」と振り返る。

 遅れを招いたのは、不十分な情報収集体制だった。国土庁(現国土交通省)に担当職員の宿直体制はなく、気象庁から一報を受けたのは警備会社から派遣された民間連絡要員。職員が登庁し、情報収集を始めたのは約1時間後だった。

 斎藤氏は「複数の省庁が災害対応に関わるため、兵庫県側もどこに何を連絡していいか分からず、職員も初動が大切だと思って動いていなかった。初動の遅れが全ての遅れを招いたと思う」と話す。

 震災を受け、発生から1年後の8年、首相官邸に危機管理センターが設置。10年には緊急事態への対処で実務を統括する「内閣危機管理監」を設け、その後、関係省庁局長級幹部でつくる「緊急参集チーム」の招集権限を付与した。

 7年末の災害対策基本法改正で緊急災害対策本部の設置要件を緩和。23年の東日本大震災で初めて本部が立ち上がり、地震発生30分後には初会合が開かれた。

 それでも態勢は万全とはいいがたい。28年の熊本地震以降、被災自治体の要請を待たずに物資や機材を送る「プッシュ型支援」を実施。だが、自治体側が対応できず、被災者に行き渡らない事例があった。

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