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【阪神大震災25年】にぎわい復興へ竹灯籠で希望の灯 淡路島・富島地区

初の追悼行事を企画した田中和良さん(左)と米山正幸さん。にぎわいの復興を願っている=兵庫県淡路市
初の追悼行事を企画した田中和良さん(左)と米山正幸さん。にぎわいの復興を願っている=兵庫県淡路市

 阪神大震災で26人が亡くなった兵庫県淡路市富島(としま)地区で17日夕、住民らが約900メートルの道路に約2千本の竹灯籠を並べ、犠牲者の追悼と震災の記憶継承を誓う行事が開かれる。あの日から25年。震災で父親を亡くした遺族の発案で初めて企画された。住宅の9割が全半壊した同地区は土地区画整理事業で町並みがすっかり変わり、人口も半減した。住民らは明かりをともすことで、かつてのにぎわいを取り戻したいと願う。(勝田康三)

 旧北淡町(現淡路市)の中心地だった富島地区はもともと、狭い路地に住宅や商店などがひしめく漁師町。平成7年1月17日、地区を大きな揺れが襲った。26人が亡くなり、住宅の9割が全半壊した。震源地に近く、淡路島の中で最も被害が大きかった。

 北淡震災記念公園(同市)によると、震災前に約2150人だった地区の人口は29年4月には約1400人にまで減少。震災後に土地区画整理事業が進められたが、完了までに10年以上の時間がかかり、その間に多くの住民が町を出たという。区画整理で道路は拡幅され、都市部の住宅地のように整備されたものの空き地が目立ち、かつての漁師町の風情は姿を消した。

 「町の活気がなくなり震災の記憶も薄れる一方。何とかせなあかん」と危機感を抱いたのが、地元で4代続く鮮魚店「兵部(ひょうぶ)」を営む田中和良(かずよし)さん(64)。震災で、3代目の父親、禎一(ていいち)さん=当時(78)=を亡くした。

 早朝から店に出ていた禎一さんは全壊した木造2階建て店舗の下敷きに。近くの住民に救出されたが救急車は来なかった。和良さんがいとこの運転する車に禎一さんを乗せて病院へ向かったものの、禎一さんは「あとを頼む」と一言残して息を引き取った。

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