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【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】五輪年、矢野阪神Vの「キモ」は56年前にあり

すごかった藤本采配

 そして、肝心要は藤本定義監督の采配です。もう56年前のことです。私が阪神担当記者になったのは1984年の夏場でしたから、実際に藤本采配は見ていません。しかし、35年前の思い出として会社の先輩トラ番記者から赤ちょうちんの居酒屋でよく聞かされた話があります。その先輩記者は64年のまさに阪神優勝のシーズン、阪神担当記者でした。今でも脳裏に焼き付いている逸話はコレです。

 『藤本のジイさんはなぁ、春季キャンプの時に大きな紙に何か書いてたんや。ワシらが監督なんでんねん?と聞いたらな、その紙を見せてくれたんや。ワシらはそれを見てビックリしたんや。その紙には何が書かれていた…と思う? なんとシーズン開幕から140試合目までの全試合の先発ピッチャーの名前やんか。ジイさんはキャンプ中に先発ローテーションを全部決めて、それをよほどのことがない限り変えなかったんや。藤本のジイさんのすごいところはソレやがな』

 つまり藤本采配のツボは先発ローテーションの確立と、とことんローテーションを守り抜くこだわりにあった…と先輩記者はまるで自分がやったかのように話していました。ほろ酔い気分で。なんでこの話を覚えているかって? 当時、よく飲みにいっていた阪急宝塚線の服部チロリン村でね、酒が進むと先輩記者は何度も同じタイガース昔話をするんですよ。

 例えば好投の村山が打者にショートゴロを打たせたら吉田義男がエラーをした。すると村山は顔を真っ赤にさせてベンチに駆け込んだ。どないしたんや?とのぞきにいったら、村山は冷たい水を頭からジャンジャンかぶり、頭から沸いていた湯気を冷ましていた…とか。ホンマにホンマかいな?という昔話はいっぱいありました。でも、この藤本采配だけは何度も酒のさかなにして言っていたので、間違いないはずですね。

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