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【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】五輪年、矢野阪神Vの「キモ」は56年前にあり

 阪神ファンからすれば球団トップと現場トップがそろって優勝を例年以上に意識し、強気な態度を鮮明にしてくれるのは頼もしい限りですね。「できれば優勝したい」とか「優勝のチャンスがあるのなら…」とか、語尾を濁すことが多かった阪神とは思えない発言の数々はうれしい限りです。しかし、V宣言を本当に実現するためには、3月20日から始まるシーズンで勝利を積み重ね、他球団を圧倒しなければなりませんね。一勝、一勝の積み重ねこそが「有言実行」となる唯一無二の道です。

 では、どうすれば優勝に近づくのか。見つめるべきは、年頭から話題になっている東京五輪イコール阪神優勝というV確率100%のデータです。つまり56年前の1964年を阪神はどう戦い抜いたかを参考にすればいいのではないでしょうか。

 56年前、阪神は藤本定義監督が率いていましたね。61年途中から金田正泰前監督を引き継いで監督に就任した同監督は4年目のシーズンでした。

 チーム構成は完全に投高打低でした。最多勝(29勝)や最優秀防御率(1・89)、沢村賞に輝いたバッキー、22勝をマークした村山実、最高勝率(・769)の石川緑ら投手陣が活躍し、チーム防御率はリーグトップの2・75でした。打線は1番遊撃に吉田義男、クリーンアップは主に3番・並木輝男、4番・山内一弘、5番・藤井栄治でしたが、チーム打率はリーグ5位の2割4分。つまり少ない得点を投手陣が守り切って優勝したのです。最終成績は80勝56敗4分けでした。

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