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関西人も知らない幻の「門真レンコン」その味は…

江戸時代には一大産地

 門真レンコンは、門真という土地の成り立ちと深く関わっている。もともと、現在の門真地域は低湿地帯で水はけが悪く、イネの栽培には適していなかったが、池などでは地蓮(じばす)といわれるレンコンが自生していた。

 元小学校教諭で、門真レンコンの歴史に詳しい酒井則行さん(73)によると、日本最古の歴史書「古事記」には、門真を含む河内地域のハスに関する記述があるという。その後、江戸時代には、河内地域がレンコンの一大産地に。年貢としてレンコンが納められていた史料も残されており、酒井さんは「大量に生産されていたことがうかがえる」と指摘する。

 幕末の元治2(1865)には、春日大社(奈良市)に、レンコンを栽培していた農民らによって「河州蓮屋中」と刻まれた石灯籠が奉納された。春日大社に向かう参道には今も高さ2メートルを超える2基の灯籠が残されており、平成18年からは先人の歴史を伝えようと、レンコン農家有志らが春日大社に地蓮を奉納する「河内蓮根奉納行列」を行っている。

進化進むも…激減

 明治以降、農家の収入源として、より生産性が求められるようになった門真レンコン。それまで池に潜って掘り出す「沈み堀り」が主流だったが、大正時代から水田に植えるようになった結果、収穫期の冬場に水に潜らず掘り出すことができることなどとして、一気に栽培が広まった。

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