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「長く寄り添いを」阪神大震災25年で遺児ら訴え 神戸レインボーハウスでシンポ

「あしなが育英会神戸レインボーハウス」で開かれたシンポジウム=1日、神戸市
「あしなが育英会神戸レインボーハウス」で開かれたシンポジウム=1日、神戸市

 来年1月17日で阪神大震災から丸25年となるのを前に、震災で親を亡くした遺児らの支援施設「神戸レインボーハウス」(神戸市東灘区)で1日、心のケア活動をテーマにしたシンポジウムが開かれた。亡き父母と同じ年頃になった震災遺児らが、肉親を失ったつらさや施設の支援に救われた人生を振り返り、「親を失った子供に寄り添い続けることが大切だ」と訴えた。

 神戸レインボーハウスは平成11年1月に国内初の震災遺児ケア施設として開設。震災による遺児が成人したため、現在は病気や事故などで親を亡くした子供を受け入れている。

 シンポに参加した中埜翔太さん(28)は、3歳の時に神戸市灘区の自宅で被災して母親=当時(25)=を失い、祖母に育てられながらレインボーハウスに通った。「学校と違って同じ境遇の子が集うレインボーハウスでは安心でき、毎日通うようになった。家ではわがままが言えなかったが、ボランティアの人たちに気を使う必要もなく、ここで(ストレスを)発散できた」と振り返った。

 最近は施設の仲間と海外や東日本大震災の被災地に赴き、遺児の支援活動に参加している。「被災の形は違っても突然親を失う悲しみは同じで、支えが必要。今後も活動に関わりたい」と話した。

 同じくシンポに参加した福井友利さん(29)は、4歳の時に兵庫県西宮市の自宅で被災し、母親=当時(31)=を亡くした。「時間がどれだけ過ぎても『母に会いたい』という気持ちは変わらない。(震災犠牲者の)6434人のうちの1人が母だということが受け入れられない自分が、まだどこかにいる」と、四半世紀を経ても癒えない思いを語った。

 一方、レインボーハウスでの出会いが自らを成長させてくれたとし、「母からの『最後の贈り物』と思って大切にしたい」と強調。遺児について「年齢によって感じ方は違う。長い時間をかけて寄り添い続けるべきだ」と話し、ケア活動の重要性を訴えた。

 シンポには、エイズや津波で親を失った海外の遺児、国内外の心のケアの専門家らも出席。それぞれの体験や遺児のケアのあり方などを語り合った。

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