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「瀧本哲史を偲ぶ会」を振り返って(下) 武田隆氏

 この言葉には発生の条件がなかった。もうダメだ…と絶望のふちにいるとき、悔しさや寂しさに打ちひしがれているとき、軍師は横に立ち、必ずこの言葉を発した。そして、すぐに次の戦略の立案と実行を促した。瀧本にとっては、今ここに描かれるべき戦略、それが「最善であるか?」という問いだけが重要であった。この態度は、自身の最後の瞬間に至るまで徹底された。

 過酷な闘病の間、「なんで俺が…」や「悔しい…」などといった類の愚痴は、ただの一度も聞くことはなかった。命日となったその日も、瀧本は瀧本のままであった。 

 「ありがとう」と言えばきっと泣き崩れて、何かが終わってしまう気がした。そうだ。君にとっても、君と育てた会社にとっても、起こったことは全て正しい。硬くなった瀧本の腕に手を置く。私も私たちの会社の航海も続く。「一緒に行くぞ。」と伝えた。

 瀧本は、多くの学生や読者にそれぞれに生きる価値を見いだす方法論を「武器」として渡した。また、投資先の起業家たちには妥協なき理想の「君主論」を説いた。起業家を愛し、その周りに集まる仲間たちとの間に生まれるドラマを愛し、それらを話すときは人目をはばからずよく泣いた。

 いつか瀧本の古巣のマッキンゼー・アンド・カンパニーについて聞いたとき、こんなことを言っていた。「創業者のジェームズ・O・マッキンゼーの一番の功績というのはね。早く死んだことにあるんだよ。それで、その後の連中がマッキンゼーならこう考えただろうとか、こう言ったはずだとか、いろいろ考えているうちに会社の骨格が強くなったんだ」

 瀧本と会ったり、著書に触れたりした者はみな、ひとりひとりが彼の戦略上に期待された「武器」ということになろう。瀧本の命は途絶えたが、彼の戦略が止まったわけではないからだ。

 平成のマキャベリー。戦友。瀧本哲史君の冥福を祈って。

「瀧本哲史を偲ぶ会を振り返って」
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