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「瀧本哲史を偲ぶ会」を振り返って(上) 武田隆氏

 瀧本は自身で床の形を計測し、最低コストで最上質のカーペットを手に入れるべく、問屋から直接仕入れた。配達を依頼した業者は法務省の建物の前までしか運んでくれず、瀧本は巨大な赤いカーペットを参与室まで汗をかきながら一人で懸命に担いできたのだと言う。「その姿が忘れられない。彼は、ここぞというときには、人のために汗をかくことをいとわない男だった」と回想した。

 次に、日本交通の代表取締役会長、川鍋一朗氏による思い出が語られた。川鍋氏は、マッキンゼー時代に瀧本とさまざまなプロジェクトに関わった後、日本交通社を継ぎ1900億円の借入返済・子会社整理など、タクシー事業の再建を瀧本とともに行うこととなった。

日本交通社会長、川鍋一朗氏
日本交通社会長、川鍋一朗氏
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 マッキンゼー時代、困ったことがあると何でも相談できる瀧本は「コンサルタント・オブ・コンサルタントだった」と言う。その後、川鍋氏はマッキンゼーから日本交通に移り、リアルでシビアな経営状況に直面した。「たっきー。頼むよー」と相談すると、瀧本は協力を快諾。3ヶ月後、「酷い(状況)ですね。僕一緒にやりますよ」と瀧本も日本交通へ入社、二人三脚での再建が始まったのだそうだ。ふたりで立ち上げた新コンセプトのタクシー。その最初の一台目が出発したとき、ふたりで泣きながら見送った風景をはっきりと覚えているのだと言う。当時、スマホでタクシーの配車予約をする時代が来るとふたりで話していたことが実際のサービスになり、「Japan Taxi」という形で人々が使い始めるまでに17年の歳月がかかったと感慨深そうに話した。

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