PR

産経WEST 産経WEST

【一聞百見】噂の京都さんかく…「御所南スイーツ」を世界へ “努力する天才”ショコラティエ、垣本晃宏さん(49)

いま注目の「京都さんかくショコラサンド」の外箱
いま注目の「京都さんかくショコラサンド」の外箱
その他の写真を見る(4/8枚)

■料理しながら放浪の旅

 京都の有名ホテルでさまざまなケーキ作りに奮闘し、約3年半。働くホテルに1人のケーキ職人がアルバイトでやってきた。阪神大震災が起きた平成7年のことだ。当時、神戸市の洋菓子店で働いていたが、店が被災し、このホテルで働くことになったのだった。彼との出会いで新たな世界が開けた。「ハーブを使うなど、僕が経験したことがない彼のケーキ作りのノウハウを間近で見て『こんな考え方もあるのか』と衝撃を受けたんです」

 震災から約1年半後、誘いを受け、復興した神戸で彼が開業させた洋菓子店「神戸菓子sパトリー」で働くことに。約1年、フランス菓子からパン作りまでを学んだ。その後、同店のレストラン部門でデザート担当をひとりで任された。「とはいえ魚をさばいたり、オードブルを盛りつけたり。料理の補助もやり、いろいろ学べました」。ここで約2年。「習うこともなくなりまして。珍しい香辛料や食材にも触れ、大抵の料理は材料を見るだけで調理法が分かるようになりましたね」

 いかにも天才なのだが、「これから何をしていいか分からなくなった」と突然、店を辞めて単身、沖縄の西表島に移住してしまう。「29歳か30歳の冬でしたかね~」と、記憶すらあいまいなところも天才らしい。「料理人を探しているという噂をちらっと聞いて…。海や魚も好きで、ちょっと行ってみよか、みたいなノリ」で、民宿で料理人として約8カ月働いた。「朝食を作り終えたら、海で泳いでましたね。そして夕方から夜まで夕食作りという日々でした」

 そして、稼いだお金を手に今度は観光しながら沖縄本島に渡り、鹿児島から熊本、山口を経て、島根から日本海沿いの街を転々とした。パティシエを目指して確かな一歩を踏み出したはずが、気が付けば職業は“旅人”に。お金もいよいよ底を付いてきた。

 「そろそろ働かんと、しゃあないな~」と思い始めた頃。電話がかかってきた。神戸に開業した自身の店に自分を誘ってくれた、あの恩人だった。「ええかげん、働け!」。大阪市の洋菓子店「アトリエ・アルション」でシェフパティシエとして働くことに。「ひとりで全部を任されていたので、経営の勉強ができたことも大きかった」と振り返るが、その後の人生を決定づけたのは、ここで働き始めて洋菓子のコンクールの存在を初めて知ったことだった。

味もデザインにもこだわった「 ASSEMBLAGES KAKIMOTO(アッサンブラージュ・カキモト)」のケーキの数々 =京都市中京区(永田直也撮影)
味もデザインにもこだわった「 ASSEMBLAGES KAKIMOTO(アッサンブラージュ・カキモト)」のケーキの数々 =京都市中京区(永田直也撮影)
その他の写真を見る(5/8枚)

 「34歳のときでした。自信はあったんですが、最初に出場した近畿のコンクールでは38人中37位。ショックでしたね」。ほぼ最下位という屈辱の結果に奮起。放浪の旅を経て、いよいよ天才がパティシエとして本領を発揮するときがくる。

続きを読む

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ