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【寅さん50年 男はつらいよを読む-吉村英夫】(31)定時制高校に入学願書を出す寅

第9作『柴又慕情』撮影の合間に談笑する、左から松村達雄、渥美清、吉永小百合。松村はおいちゃん以外に教師や医師、僧侶などさまざまな役でシリーズに登場した=昭和47年5月22日、鎌倉市大船の松竹撮影所
第9作『柴又慕情』撮影の合間に談笑する、左から松村達雄、渥美清、吉永小百合。松村はおいちゃん以外に教師や医師、僧侶などさまざまな役でシリーズに登場した=昭和47年5月22日、鎌倉市大船の松竹撮影所

 寅次郎が中学を退学させられていることをご存じだろうか。校長が「芸者の息子」と寅を卑しめたので殴ってしまった。「これが中学3年、それ以後フーテンの暮らしよ」ということになる。第26作『寅次郎かもめ歌』(主なロケ地=北海道)で、けなげに定時制高校で学ぶかわいいすみれ(伊藤蘭)を見て、この娘と机を並べて勉強したくなる。寅は入学願書を提出するが、高校の入学資格は「中学卒業」なので残念ながら実現しなかった。

 山田洋次監督は『男はつらいよ』以前から「教育」に関心を持ち、夜間中学を舞台にドラマを構想していた。義務教育も卒業していない人たちはなぜ就学できなかったのか、老壮青が学ぶ姿と彼らの心の叫びを描きたかった。だがあまりにも地味な内容だからなかなか実現できず、ヒットしている『男はつらいよ』で手始めに定時制高校を組み込んでみたのである。

 すみれが学ぶ定時制の国語授業で「便所掃除」という詩を、松村達雄ふんする教師が朗読するシーンは圧巻。「扉をあけます。あたまのしんまでくさくなります…」で大笑いした生徒たちは、仕事で便所掃除をする働く人の心意気を頭に描いて次第に静まりかえっていく。渥美清の圧倒的な存在感をしばし忘れさせるほど力のこもったエピソード描写である。

 同作品公開の昭和55年頃は映画がテレビに押され、不況のどん底に近い状況になる。33年の総入場者11億人の3分の1を割ったが、『男はつらいよ』は松竹の屋台骨を支えるヒット作品になっていた。だから日の当たらない教育現場の実態を描く地味な作品でも、寅さんが登場すればヒットしたのだった。

 自信をもった山田は13年後の平成5年に『学校』を撮り、次いで『学校II』『学校III』『十五才・学校IV』へと進んでいく。それぞれ夜間中学、障害児学校、中高年者職業訓練学校、不登校中学生を描いている。不遇に負けず学ぶ市井の人々を励ましの目でみつめた快作群である。家族のことを描くことも忘れてはいない。『男はつらいよ』以後の山田の方向性を模索する作品ともなった。

 余談ながら、寅の定時制高校入学願書には「昭和15年生まれ」と記されている。寅の生年には他にも説はあるが、大体の見当として理解しておこう。寅さんは、生きておれば今年で79歳ということになる。

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