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【虎番疾風録第3章】(66)木田攻略、知将に策あり

 10月7日、後楽園球場には5万人の大観衆が詰めかけた。日本ハムの今季最終戦。この近鉄戦に勝てば後期優勝が決まった。ファンのお目当ては、日本鋼管からドラフト1位で入団したルーキー木田の“胴上げ”だった。

 9月25日の南海戦(後楽園)で木田は20勝目(7敗3S)を挙げた。新人の20勝到達は史上21人目。昭和40(1965)年に西鉄の池永が記録(20勝11敗)して以来15年ぶり。しかも、この試合で16三振を奪い、通算214奪三振。新人でシーズン200奪三振を超えたのは42年の江夏(阪神)以来の快挙だった。

 近鉄も後期、木田に3連敗。試合前、記者たちから「攻略の秘策は?」と聞かれた西本監督は「そんなもんあるかい!」と吐き捨てた。

 ◇10月7日 後楽園球場

 近  鉄 001 301 010=6

 日本ハム 010 010 210=5

 (勝)鈴木13勝8敗 (敗)木田22勝8敗4S

 (S)村田7勝7敗2S

 (本)アーノルド(11)(木田)、有田(16)(木田)

 日本ハムの先発は高橋一。だが、三回、先頭の吹石が左翼線に二塁打を放つと、大沢監督は躊躇(ちゅうちょ)することなく木田を投入した。沸き起こる大歓声。投球練習の間、近鉄はベンチ前で円陣を組んだ。そのときである。

 「秘策はない」といっていた西本監督自らが輪の中心に座り、「高めのタマは捨てろ。低めだけに狙いを絞れ。ええか、高めには絶対に手を出すな」と指示を与えたのだ。

 猛牛打線は木田に襲いかかった。佐々木が指示通り低めのボールを中前へ同点タイムリー。四回には下位打線で1点を勝ち越すと、1死一、二塁から吹石が右中間へ二塁打を放ち4-1。八回に有田の16号ホームランが飛び出すと、スタンドで見ていた日本ハムの大社(おおこそ)オーナーは「やられたぁ」と大きな口を開けた。

 「いけると確信があったし、これまで通りの投球もできた。なのに、どうしてあんなに打たれたのか、自分でも分からない。バッターのみなさん一人一人に謝りたい」。試合後、木田はベンチにうずくまった。

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