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【ビブリオエッセー】泣ける大人の恋愛小説 「平場の月」朝倉かすみ(光文社)

 50代の初め、出勤途中の地下鉄の階段を昇りながら、ふと、これから先、二度と恋をすることはないのだと暗澹(あんたん)とした。夫や子のいる身なのに不埒な感慨だが、青春から朱夏の年齢もそろそろ越えて、白秋に入った寂しさと焦燥感のせいだったのだろう。

 『平場の月』は50歳の男女が主人公の、大人の恋愛小説である。胃の精密検査のため訪れた病院の売店で、男性は店員の女性が中学3年のときの同級生だと気づく。35年ぶりの偶然の再会から、二人の交際が始まる。

 中年の恋といえば、少し前の映画になるが、『いつか読書する日』が思い浮かぶ。主演の岸部一徳と田中裕子も中学時代の同窓生だった。美形ではない中年カップルの濡れ場はもうひとつだったが、しみじみとした余韻の残る作品だった。

 映画と異なり、小説は顔が見えないから、二人の心情にのめり込んで、会話のひとつひとつが心に響く。皮肉にも男性の胃に異常はなく、同じ頃、大腸の精密検査を受けた女性は重篤だった。

 手術後、ストーマ(人工肛門)を装着した女性を男性はいたわり、慈しんだ。それぞれ離婚と死別で独り身だったので、交際から1年後、男性はプロポーズするが、女性は断り、そればかりか絶交を宣言する。

 新聞の書評を読んで選んだ本だが、朝倉かすみ氏がこれほどの書き手だとは知らなかった。一番好きなフレーズは-こころの芯を食うような寂しさ-だ。久しぶりに、泣ける小説だった。

大阪府八尾市 佐々木祥子65

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