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【一聞百見】GPS役たたず、相棒を食べ…生か死か80日間「極夜行」 探検家・ノンフィクション作家、角幡唯介さん(43)

GPSに頼ると「現在が切り捨てられる」と話す角幡氏 =東京都千代田区(酒巻俊介撮影)
GPSに頼ると「現在が切り捨てられる」と話す角幡氏 =東京都千代田区(酒巻俊介撮影)
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■生か死か 「誕生」への原点回帰

 「人間を取りまくシステムの外側に出ること」。角幡氏は、探検とはそういうものだと考えている。システムとは法律やテクノロジーなど、網の目のように人の上に重なってくる常識的な枠組みだという。そこから「出る」とは何か。「昔は地図のない空白部がすなわちシステムの外であり、空白部に行けば探検だった。地理的な空白のない現代にどうやってシステム外に出るか。それが極夜世界をGPS(衛星利用測位システム)を持たずに歩くという方法だったのです」

 グリーンランドまで飛行機で行くのだから文明の利器に頼らないわけではないが、探検で何を使い、何を使わないかは突き詰めて考えた。特にGPSを持たないことにはこだわった。「GPSだとテントの中にいても自分の位置や目的地までの距離がわかり、カーナビでドライブするのと同じことになる。スピードと効率に縛られ、周囲の風景などほとんど意味をなさなくなってしまうのです」。それを角幡氏は「現在が切り捨てられる」と表現した。最短、最速ルートを示すカーナビ頼みのドライブは記憶に残らない。移動中の「現在」は、目的地にとって無意味なものとして切り捨てられてしまうのだ。

 「エベレストはツアーでおぜん立てされた登頂ができる。マニュアル化されシステムの内側に入ったのです。最高齢の登頂といった挑戦は探検というより、肉体のパフォーマンスを競うスポーツに近いでしょう」。効率や競争の枠外に出ようとする角幡氏の探検は、こうしたものとは違う。GPSの代わりとして、天体の位置を測って現在地を割り出す六分儀を使った。「地形を見て、地図を見て、六分儀で計測した値と照合する。このプロセスを経ることで、自分をまわりの世界に組み込むのです」。太陽も水平線も見えない悪条件だ。これらを克服する試行錯誤を経て本番に臨んだ。ところがあろうことか、歩き始めて間もなく、暴風で虎の子の六分儀を失ってしまう。身体的な危険は大いに増したが皮肉にも、探検の意義はより深まった。生きるか死ぬかという必死の状況下で必然的に、極夜の世界に深く入り込んだのだ。「極夜の果てに太陽を見たとき、何を思うだろう」。歩きながらそう考え続けたという。探検の終盤に暴風の中でふと浮かんだのが、長女を産む妻の出産に立ち会った情景だった。

 「いま自分は闇を通って光の世界に生まれようとしている子供と同じだ。そう思ったのです。極夜に引きつけられてきたのは出生を追体験したかったからだろうか。人間が抱える根源的な不安は誕生前の暗闇にあるのかもしれないと」。準備を含む4年以上にわたる営為を重ねて到達した洞察は、人の誕生といういわば原点への回帰であった。

     ◇

【プロフィル】角幡唯介(かくはた・ゆうすけ) 昭和51年、北海道芦別市生まれ。早稲田大政治経済学部卒、同大探検部に所属。15年朝日新聞社に入り富山支局などで記者。退社翌年の21年「空白の五マイル」を著し、開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞など受賞。「極夜行」の探検は28年12月から翌年2月に実施。同作は大佛次郎賞を受賞。「雪男は向こうからやって来た」(新田次郎文学賞受賞)など著作多数。

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