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【ビブリオエッセー】秋の日のヴィオロンの 「海潮音」上田敏訳詩集(新潮文庫)

 外国映画を見ていて、それも戦争映画だったのだが、思いも寄らぬ、懐かしい『海潮音』の中の詩に再会して驚いた記憶がある。もう50年以上も昔のことだ。

 映画「史上最大の作戦」は第2次世界大戦のノルマンディー上陸作戦を描いた大作である。はじめの方で、連合国軍とレジスタンスらが交わした暗号電がドイツ軍に傍受され、それをドイツ将校が読みあげる場面がある。

 「秋の日のヴィオロンの」と字幕が流れ、「あれ?」と思い、「ひたぶるにうら悲し」と結ばれて「やっぱり」と合点し、嬉しくなった。

 私が『海潮音』に初めて出合ったのは中学の国語の教科書だった。この「落葉」と、「山のあなた」「春の朝」の3編だけを憶えているが、5と7の心地よいリズムの詩を諳んじて、楽しんだ。

 上田敏が『海潮音』を出版したのは明治38年。西欧の29人の詩人が詠んだ57編の詩を翻訳し掲載したものだ。この出版は文壇を強く刺激し、島崎藤村をはじめ多くの詩人に活気を与えた。上田敏は泰西詩文の日本への移植を図り、翻訳を独立した創作であるとも語り、逐字訳は必ずしも忠実訳ではないと述べている。

 映画で「ひたぶるにうら悲し」の字幕の時、ドイツ将校の発した言葉に「疲労」とか「倦怠(けんたい)感」を意味するドイツ語を私は聞き取った。私が新米医師だった頃で、よく使う医療単語だったのだ。そんな乾いた言葉が「ひたぶるにうら悲し」と味のある一節に変身するのかと瞠目(どうもく)した。

 『海潮音』ではあの3編以外はほとんど知らなかった私だが、今からでも日本の古い言葉の美しさを味わい直さねばと思っている。

 大阪府八尾市 望月隆昭86

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