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【野球がぜんぶ教えてくれた 田尾安志】理解しようと歩み寄る

阪神退団が決まった鳥谷敬(加藤孝規撮影)
阪神退団が決まった鳥谷敬(加藤孝規撮影)

 鳥谷敬内野手が今季限りでタテジマのユニホームを脱ぐ。球団との話し合いの場で、現役引退を勧告されたのだという。改めて阪神という球団は、選手との“やり取り”がうまくないと思った。

 会社として決まったことを伝える。それだけでは、選手は納得できない。球団としての方針を話す前に、相手の考えや思いを聞いて理解しようと歩み寄ることはできないのだろうか。ベテラン選手へのリスペクトがあれば、おのずと接し方も違ってくるだろう。

 中日から西武にトレードされた1年目、1985年のこと。球団代表を務めていた坂井保之氏は選手からしても、話しやすい人だった。球団経営に長年携わってきた人物だったからだ。僕の成績は打率2割6分8厘、60打点。思った以上に結果を出せなかった。「球団に悪かったな」という気持ちがあった中で、オフの契約更改交渉に臨んだ。

 「お疲れさまでした。慣れない所で大変だっただろう」と僕をねぎらった坂井氏は意外な点を挙げた。学校の夏休みの期間に大差で負けた試合のこと。唯一の得点になった僕のソロ本塁打を取り上げて「あのホームランは夏休みに球場に来ていた子供たちにとって、絶対にいい思い出になった」と言ってくれたのだ。

 自分としては勝ち負けに関係のない、どうということのない本塁打だと思っていた。だが、それをほめてくれた後で「今年1年、どうだった」と尋ねられた。

 「期待に沿えなくて申し訳なかったです」と言う僕に、坂井氏は初めて金額の話を口にして「給料を300万円下げてもいいか」と聞いてきた。下げ幅が思ったより少なく、逆に「それでいいですか」と聞いたほど。気持ち良くやり取りしながら、契約を更改させていただいた。

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