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【虎番疾風録第3章】(52)実は松田聖子の…ピンク・レディー笑顔で解散宣言

 1980年代、芸能界に空前の“アイドル”ブームが到来した。その火付け役となったのが、昭和55(1980)年4月に「裸足(はだし)の季節」でデビューした松田聖子(当時18歳)である。

 「裸足の季節」は資生堂の洗顔クリーム「エクボ」のCMソングとしてお茶の間に登場した。はじめは「誰が歌っているの?」というぐらいの感覚。だが、その爽やかな歌声が浸透し、そして彼女が当時、大人気だったフジテレビの歌番組「夜のヒットスタジオ」やTBSの「ザ・ベストテン」に出演すると、一気に人気が爆発した。

 彼女の登場を機に6月には柏原芳恵や河合奈保子、56年に松本伊代、薬師丸ひろ子、57年には中森明菜、小泉今日子らが次々にデビュー。“アイドル”ブームに火がついたのである。

 余談だが、実は筆者は聖子ファンだった。初めは〈ミーハーとちゃうで〉と見えを張っていたのだが、56年春のセンバツ大会の行進曲に、2曲目の「青い珊瑚礁(さんごしょう)」が選ばれ、甲子園球場にやってきた彼女を取材。話を聞いたあとなぜか握手をした。その手のひらの白く冷たく小さかったこと…。以来、“隠れ”ファンになったのである。

 55年、また芸能界に世代交代の波が起こった。アイドルブームの到来で、人気に陰りが見え始めていたピンク・レディーが9月1日、解散を宣言した。

 東京・紀尾井町の赤坂プリンスホテルの記者会見場には150人以上の報道陣が詰めかけた。会場に姿を見せた2人は笑っていた。ミーが会見の口火を切った。

 「ピンク・レディーは7カ月後(56年3月)に解散します。私たち2人で話し合った結論です。この9月1日を新しい“出発の日”とします」。そしてケイが続いた。「大変充実した毎日でした。ひとつの大きな責任を果たし終え、正直ホッとしています。残された7カ月間、ピンク・レディーとして燃え尽きたい」

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