【「幸福の黄色いハンカチ」を教室に-吉村英夫】(上) シナリオ朗読で静まりかえった教室
映画『幸福の黄色いハンカチ』は山田洋次監督作品でもっとも知られているものの一つだ。何度見ても感動する。
昭和52年公開。同じく山田作品の『男はつらいよ』ファンだった私は、「人間信頼」を歌い上げたこの映画にも魅せられた。『男はつらいよ』も人間讃歌だが、主人公の車寅次郎は、時にデタラメで既成秩序を平気で破る。それがひっかかっていた。なぜか。
当時、私は夜間定時制の国語教員で、勉強嫌いの高校生と悪戦苦闘していた。授業で「夏目漱石は…」というと「俺には関係ない」と応え、「因数分解はわからないが、買い物の計算はバッチリできる。学校の勉強は無駄」とニコニコ主張する。
「授業をやめて、ナイターのできる運動場でソフトボールしようぜ」「ダメだ。甘えるな」。そんな言い争いを繰り返した。めっぽう好人物だが授業にはならない。
『幸福の黄色いハンカチ』を見て感動した私は、映画会社に「シナリオを購入して国語授業で使いたい」と手紙を書いた。「贈呈する」と30冊が送られてきて、はじめてのシナリオ学習となった。
「映画のシナリオを読む。高倉健さんが主演の映画。海援隊の武田鉄矢も出ている」
恐る恐る勉強嫌い、活字無関心の彼ら20人余りにシナリオを配布した。「シナリオって何?」という声を無視して私は朗読を始めた。5分もたたないうちに教室は静まりかえった。勉強嫌いの彼らがシナリオの活字を追っている。
勇作(高倉)と欽也(武田)、朱美(桃井かおり)の3人の自動車旅が始まり、旅館に泊まることになる。朱美を狙っている欽也が近くの薬屋に駆け込む。「コンドーム下さい、千円の」。
突然、生徒たちが一斉に足踏みを始めた。ドンドンドン。「わーい、欽也のエッチ」。古い木造校舎だからよく響く。教室の戸が開いて隣で授業をしていた同僚が「何事だ!?」。だがその時すでに生徒たちは、シーンとして私の朗読に集中していた。