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【大坂の家康伝説】(3)幸村の爆弾 身代わりに地蔵の首が飛んだ

全興寺の本堂に安置されている首地蔵
全興寺の本堂に安置されている首地蔵
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 徳川家康をめぐる伝説が残っているのは堺市堺区の南宗寺(なんしゅうじ)だけではない。大阪市平野区平野本町の全興寺(せんこうじ)に、大坂夏の陣で家康の身代わりになったとされる「首地蔵」がまつられていると聞き、同寺を訪ねた。

家康も「地獄」を見たのか

 「ウソをつくと舌をぬくぞ」-。全興寺は約1400年前に聖徳太子によって建立されたという由緒正しい寺だが、門前の壁に大きなヤットコを構えた鬼が描かれた看板があり、思わずのけぞった。門をくぐると「地獄堂」なる建物が。子供たちに善悪をわかりやすく印象的に説くため、平成元年につくられたという。

 川口良仁住職(72)は「昨今は道徳教育が十分でなくなり、先生方も善悪を教えるのに困っています。その助けになればと思って」と説明する。地獄巡りだけでなく、極楽巡りを体験できる「ほとけのくに」も境内にある。

 そんなユニークな寺に伝わる家康伝説とは-。

「大」に込めた思い

 川口住職によると、当時の平野は堺と同じく、周囲を濠(ほり)に囲まれた環濠都市だった。元和元(1615)年5月7日、家康は13ある町の出入り口のうち、東側にある樋之尻口(ひのしりぐち)へやってきて、休憩していた。その行動を見越していた豊臣方の真田信繁(幸村)が地蔵堂に爆弾を仕掛けていたのだが、まさに導火線に火をつけたそのとき、家康は小用をもよおす。そして地蔵堂から離れたとたん、爆弾が爆発し、お地蔵さんの首が現在の全興寺まで約300メートルも飛んだという。

徳川家康の身代わりになった「首地蔵」がまつられている全興寺の本堂=大阪市平野区
徳川家康の身代わりになった「首地蔵」がまつられている全興寺の本堂=大阪市平野区
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 本堂に安置されている木製のお地蔵さんの首を見せてもらった。ところどころ、色がはげ落ちてはいるものの、目立った傷はない。爆発時はともかく、落下時の衝撃は相当なものだったはずだが…。

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