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前人未到の千試合出場 衰え知らずG大阪・遠藤は「普段通り」

 鹿児島実高から1998年に横浜フリューゲルス(当時)入りし、いきなり開幕戦でデビューした遠藤は、99年のワールドユース=現・U-20(20歳以下)ワールドカップ=で準優勝した「黄金世代」の一員だ。だが、同じMFで早くから注目されていたのは、小野伸二(39)=現・FC琉球=や、稲本潤一(39)=現・SC相模原=だった。遠藤は入団から1年で横浜フリューゲルスが消滅し、移籍した京都サンガは2年目にJ2に降格するなど所属チームの状態にも恵まれず、なかなか目立った活躍を見せられなかった。

 その後も浮き沈みが続く。新天地として選んだガンバでようやく定位置を確保し、2002年には代表デビュー。03年のコンフェデレーションズカップで主力となったが、06年W杯ドイツ大会ではフィールドプレーヤーで唯一、出番が回ってこなかった。

もっともっとうまく

 転機となったのは08年だろう。シーズン途中にウイルス性感染症を患い、オーバーエージ(24歳以上)枠で選出される予定だった北京五輪への参加が取りやめとなったが、復帰後、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)でガンバの大黒柱として活躍。チームをアジア王者に導いて最優秀選手に選ばれ、クラブW杯、天皇杯とフル回転した。

 この間、短い間隔で試合が続くことに体調面の不安もあったのだろう。豊富な運動量ではなく、動きの質とパスの鋭さで勝負するスタイルに重きを置くようになった。

 試合に臨む意識も変化した。10年のW杯南アフリカ大会を前に、4年前のドイツ大会との違いを尋ねた際、こう答えている。「4年前は普段通り大会に臨めばいいと思っていたが、やるべきことが漠然としていた。ただ、日々を過ごしていただけだと思う。それは今は全然違う」。口癖の「普段通り」に、事前の周到な準備の大切さが含まれるようになった。実際、遠藤は大会前、なじみがない南アフリカの芝の状態について、契約していたシューズメーカーの担当者に詳しく問い合わせてもいる。

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