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硫黄島からの手紙 五輪に描く父の姿

 平成3年に輝子さんが亡くなり、達雄さんが遺品を整理していた際にこれらを見つけた。河石からの手紙が6通、輝子さんの手紙は1通で封は切られておらず、中には、生まれたばかりの達雄さんの写真が同封されていた。

 「思慮深く、物静かな人だった」。達雄さんは生前の河石を知る人たちからこう聞いたが、手紙から読み取れるのは、わが子の誕生を喜び、会える日を心待ちにしていた普通の父親だった。

 《達雄が3歳になったら泳がせよう》。河石はこんなことも手紙に書いていたという。戦後の混乱期でその望みはかなわなかったが、達雄さんの長男、進吾さん(41)が生まれてからは、祖母となった輝子さんが目を細めながら幼い孫を水泳教室へ送り迎えした。

 戦後、女手一つで育ててくれた輝子さんのおかげで、達雄さんは父がいないことに寂しさを感じることはなかった。ただ、社会人となった進吾さんから父親としての意見を求められたとき、「おやじだったらこう言うだろうか」と考えながら話す。

 来年には、東京五輪が開かれる。87年前に五輪の舞台に立った父。「そういえば一つだけ、おやじに聞いてみたかったことがある」と、達雄さんはつぶやいた。「表彰台に立って日の丸が掲揚されたあのとき、どんな気持ちだったのかなって。メダリストの息子に生まれるなんて、なかなかないことですから」

河石達吾(1911~45年) 広島県大柿村(現・江田島市)出身。慶応義塾大在籍中にロサンゼルス五輪競泳男子100メートル自由形に出場して銀メダルを獲得した。大学卒業後は大同電力(現関西電力など)に勤務。昭和18年に輝子さんと結婚したが、19年に出征。20年3月17日に硫黄島で戦死した。放映中のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」にも登場するロス五輪メダリストの宮崎康二、小池礼三らは河石の人柄を慕って慶応大に入り、同大学水泳部に黄金時代をもたらした。

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