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【ビブリオエッセー】壮絶な氷壁との闘い 「凍」沢木耕太郎(新潮文庫)

 言葉を失った。壮絶、とはこのことを言うのだろう。

 世界最強のクライマー、山野井泰史と妻、妙子がヒマラヤのギャチュンカンの北壁に挑む。マイナス三十度から四十度に達する七千メートルの高地。ほとんど垂直な北壁で苛酷なビバークを二日間。二日目はわずかなテラスもなく、ロープを二重にしたブランコを作り、その上に腰掛けて一夜を明かす。酸素ボンベも持たない。しかも雪崩が何度も直撃し、二人とも目が見えない。

 「肉体的にはかつてないほど追い込まれている。極限という言葉を簡単に使うことは許されないが、その近くまでは追い込まれているだろう。もうひとつ不測の事態に見舞われれば、最後の支えも切れてしまうかもしれない。しかし、それでも死にはしない。

 -絶対に生きて帰る。

 山野井は、ロープのブランコの上で、まったく夢を見ずに一時間ほど眠った」

 人間は無酸素で、七千メートル以上に五日も居続けることはできないというのが、登山界の常識だった。が、山野井夫妻は六日目を迎えようとしていた。氷壁にハーケンを打つために手袋を脱ぎ、素手で岩肌をさぐる。一本打つたびに一時間ほどかかった。夫妻はこの登山で手足の指の多くを凍傷で失う。死は常に隣り合わせにあった。

 絶望的な状況下。壮絶な闘いの結末。何度読んでも言いしれぬ感動を覚える、ノンフィクションの極北。

 この本を読んでからは、辛い状況に会うと、自分の辛さなど山野井夫妻の苦しみに比べれば何のことはない、と思うようになった。私に大きな影響を与えた一冊である。 

 大阪市西区 長野美樹 58

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