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ノモンハン勃発から80年、機密焼却のはずが…「よく残っていた」

「ノモンハン」「國軍ノ傳統的精神力」などと記された旧日本軍の文書(大阪市文化財協会提供)
「ノモンハン」「國軍ノ傳統的精神力」などと記された旧日本軍の文書(大阪市文化財協会提供)

 ノモンハン事件に関する旧日本軍の機密資料が、事件勃発から80年の時を経て難波宮跡(大阪市中央区)の発掘調査で見つかった。戦車や航空機など近代兵器を大量に投入したソ連に対し、日本側は旧式の兵器で臨んだことなどで甚大な犠牲を出したとされる同事件。一方で旧日本軍は、後の戦闘にあたり、ノモンハンを教訓にしようとした姿勢が、わずかに燃え残った文書から浮かび上がった。専門家らは「焼け残りの資料が発掘で見つかるとは」と今後の調査に期待を寄せている。

 防衛省防衛研究所は、ノモンハン事件に関して旧陸軍が事件翌年の昭和15年にまとめた「ノモンハン事件研究報告」を所蔵している。報告では事件の教訓として「最大の教訓は、国軍伝統の精神威力をますます拡充するとともに、低水準にあるわが火力戦能力をすみやかに向上しなければならない」と記されている。

 資料が発掘された場所に本部を置いていた陸軍歩兵第三十七連隊はノモンハンの戦闘には本格的に関わっていなかったとされる。同研究所戦史研究センター史料室の斎藤達志二等陸佐は「三十七連隊で見つかったことで、ノモンハン事件の教訓が全軍的に広まっていた一つの証拠になる」と指摘する。

 同研究所によると、旧日本軍の軍事史料は、保管していた従軍経験者の家族や遺族から研究所に提供されることはあるものの、発掘で見つかることは極めて異例。過去には、参謀本部があった自衛隊市ケ谷駐屯地(東京都新宿区)で平成8年に行われた旧尾張藩上屋敷跡の発掘調査の際、終戦時に焼却処分された軍事文書の焼け残りが大量に発見された例があるぐらいだという。

 焼却処分されたはずの文書が、なぜ戦後70年以上経過しても残っていたのか。難波宮跡の発掘調査を担当した大阪市文化財協会の高橋工(たくみ)調査課長は「見つかった文書は冊子や書籍なので、焼却処分時に中の方まで火が通らなかったのではないか」と推測。文書が防空壕(ぼうくうごう)ごと土に埋められ、その後空気に触れていなかったことも、朽ちずに残った要因なのではという。

 高橋氏は「文字で書かれた資料の発見によって、軍隊の内部の様子が如実に分かる。他の遺跡でも、これまで気づかれていないだけで同様の発見があるかもしれない」と話した。

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