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「『ノモンハン』血ノ教訓」 大阪・難波宮跡から旧陸軍機密文書見つかる

 防衛省防衛研究所(東京)によると、一部文書にはノモンハン事件についてまとめた当時の書籍名が複数記載されていることから、日本軍が大打撃を受けたノモンハン事件を研究することで部隊の強化を図ったとみられるという。

 大阪市文化財協会によると、複数の防空壕は土壁が赤く変色していることなどから、終戦時に陸軍が各部隊などに命じ、防空壕内で機密文書の焼却処分を行ったとみられる。

 防衛省防衛研究所戦史研究センターの花田智之主任研究官の話「日本は1941(昭和16)年にソ連と日ソ中立条約を結んでおり、ソ連との中立関係を意識して大戦に突入していった。今回の資料では、その一方で対ソ連を意識し、精強部隊を作るためにノモンハン事件を教訓にしていたことが分かり、興味深い」

 ノモンハン事件 1939(昭和14)年5~9月、旧満州国(現中国東北部)とモンゴル人民共和国との国境線をめぐって起きた日本・満州国軍とソ連・モンゴル軍の武力衝突。日ソ両国とも宣戦布告をしなかったこともあり、全面戦争には至らず「事件」と呼ばれている。戦闘は、兵力・物資に勝るソ連側が人的損失を被りながらも優位に展開、日本側が反撃する中で停戦した。日本軍も主力部隊が壊滅するなど大打撃を受け、死傷者は、双方合わせて4万人を超えるとされる。

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