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【ビブリオエッセー】「さよならごきげんよう」にシンクロ 「銀の匙」中勘助(岩波文庫)

 馬齢を重ね、そろそろ500冊近い蔵書の処分をと思い立ち、文庫本の棚から見つけ出したこの一冊。ご丁寧にも昭和62年6月12日購入のレシートがはさんであった。

 私は昭和41年に地元の高校を卒業し、地元の市役所に就職した。人付き合いはあまり得意ではなく、高校時代は生物部というマイナーなクラブ活動を隠れみのに3年間を過ごした。一応、大学進学を希望したが中途半端な志と学力不足であえなく敗退。当時は若干広き門だった公務員の道を歩むこととなった。

 職場では事務職員として徴税、交通、防災対策を経て、昭和55年に道路用地買収担当を拝命。以来、他部署に異動するまでの7年8カ月の間、地権者と向き合った。が、自分の性格からも職務になじめず、精神的にも限界を感じるようになった。そんな悶々とする時期に、同僚から本書を紹介された。

 本書は、解説で和辻哲郎先生が絶賛されているが、作者の幼少期から青年期までを回想した自伝的作品。時代は明治で、作者自身と取り巻く人たちを客観的に観察し、表現していることに驚いた。

 振り返ってわが身の幼少期の記憶をたどれば、病弱だった私を看病する母と、仏間に並んで寝かされた青白い顔の母子を怖々(こわごわ)のぞき込む自身の姿が、なぜかセピア色でよみがえった程度で、後は朧(おぼろ)げだった。私はどういう生き方をしてきたのか。

 本書は私自身の人生を振り返るきっかけだけでなく、少年の屈折した「さようならごきげんよう」にシンクロした人生を、私が送る予感をも、与えてくれた一冊である。

大阪府守口市 奥田時雄 71

【ビブリオ・エッセー募集要項】本に関するエッセーを募集しています。応募作品のなかから、産経新聞スタッフが選定し、月~土曜日の夕刊1面に掲載しています。どうか「あなたの一冊」を教えてください。

 投稿はペンネーム可。600字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556-8661産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。

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