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京アニ放火 「着色のプロ」の娘、安否不明に心痛の父「顔見たい。それだけ」

安否がわからなくなっている京都アニメーション社員の津田幸恵さん(津田伸一さん提供)
安否がわからなくなっている京都アニメーション社員の津田幸恵さん(津田伸一さん提供)
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 「しんどいなんて聞いたことがない。人一倍努力家な娘なんです」。アニメ制作会社「京都アニメーション」(京アニ、本社・京都府宇治市)のスタジオ放火事件で、安否が分からない社員の津田幸恵(さちえ)さん(41)の帰りを、父の伸一さん(69)=兵庫県加古川市=は待ち続けている。幼いころから絵を書くのが好きでアニメの世界に飛び込む夢をかなえ、「着色」のプロとして活躍する娘。「幸恵に会いたい。顔がみたい。ただそれだけです」。つたう涙に言葉を詰まらせた。

 絵を描くのが何よりも好きだった。学校から帰宅すると、すぐに勉強机へ向かう。スケッチブックを広げ、当時流行していた人気漫画「るろうに剣心」などのキャラクターを描いていく。伸一さんは「ぜんそくで学校を休みがちな時期もあったが、絵を描いているときだけはその苦しさを忘れているようだった」と振り返る。

 「自分の好きな道に進めばいい」。伸一さんは夢を追いかける娘の背中を押し続け、幸恵さんは高校を卒業した後、アニメの専門学校で学び、京アニに就職した。カラーコーディネーターの資格を生かし、絵を仕上げる「着色」のプロとして20年間にわたって活躍。京アニを代表する作品「涼宮(すずみや)ハルヒの憂鬱」に携わったほか、クレヨンしんちゃんや名探偵コナンといった人気作品でも腕を振るった。

 仕事に追われながらも正月と盆には毎年欠かさず実家へ帰り、顔をみせた。「仕事に恵まれていたようで作品の話もしてくれた。働き始めてから表情がどんどん明るくなっていった」。

 伸一さんが一番最近会ったのは、妻が亡くなってちょうど1年がたった今年2月。突然の帰省だったといい、伸一さんは「一人暮らしの私が心配だったのでしょう。面倒見が良く優しい幸恵らしい」とほほ笑む。

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