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【寅さん50年 男はつらいよを読む-吉村英夫】(18)放浪と定着-テーマの確立

柴又駅前の寅さん像。放浪の旅に出る姿を再現した=東京都葛飾区
柴又駅前の寅さん像。放浪の旅に出る姿を再現した=東京都葛飾区

 「ポツンと一軒家の農家が建ってるんだ。…庭一面に咲いたりんどうの花、あかあかと灯りのついた茶の間、にぎやかに食事をする家族たち。私はその時、それが、それが本当の人間の生活ってもんじゃないかと、ふと、そう思ったら、急に涙が出てきちゃってね。人間は絶対に一人じゃ生きていけない」(第8作『寅次郎恋歌』=主なロケ地・岡山県)

 寅次郎の義弟、博(前田吟)の父(志村喬)は独り暮らしなので、家族がいかに大事かを寅に言い聞かせる。名優志村喬の語りは、渥美清の受けて立つ妙味とあいまって圧巻である。

 旅人の寅は自分が「根なし草」だと思い知らされ、同時に感銘を受ける。「にぎやかに食事をする家族」をもたない自分自身を顧みて、これでよいのかという思いが胸を締め付ける。

 帰郷した寅は、家族の大切さ、本当の人間生活のありかたを受け売りするのだが、おばちゃん(三崎千恵子)が素朴な疑問を発する。「ちょいと悪いけどね、親子で晩ご飯食べるだけのことで何でそんなに感心すんだい」。寅は「ただ食べてるんじゃないんだよ、庭先にりんどうの花が咲きこぼれていたの」と意気込む。

 「うちにも咲いているよ」と再びおばちゃん。寅が電灯がともっているのが重要だと主張すると、「夜になりゃ、電気はつけるだろ、どこでも」とおいちゃん(森川信)から反撃される。

 学者の義父の深い思索に根ざした想いのこもった述懐を、寅やおばちゃんたちが混ぜっ返すことで、画面はまるで落語、喜劇に転調する。みごとな脚本と演出および演技。ここで『男はつらいよ』のテーマが提示されるのである。

 妹さくら(倍賞千恵子)やとらやの叔父叔母は、どっしりと柴又の地に生活の基盤を築いて地道に暮らす家庭人である。対するに寅自身は、浮き草稼業で根っこがないのである。さくらたちを定着者というなら寅は放浪者である。

 だが寅もさくらも自らの生活や生き方に真に満足しているわけではない。さくらは自由な旅人の寅に憧れ、逆に寅は生活拠点をもつさくらがうらやましい。両者は憧れあっている。「放浪と定着の相互憧憬(しょうけい)」。これぞ『男はつらいよ』のメインテーマであり、「核」である。

 だが、この『寅次郎恋歌』が撮影、公開された昭和46年頃は高度成長期であり、若者は独立した個人として「家」を出て行った。皮肉にも現実の「家族団欒」図は破綻していく時代に入っていく。

よしむら・ひでお 映画評論家。三重県の高校教諭を経て、三重大学非常勤講師、愛知淑徳大学文化創造学部教授などを歴任。『完全版 男はつらいよの世界』(集英社)、『松竹大船映画-小津、木下、山田太一、山田洋次の描く〈家族〉』(創土社)など著書多数。津市出身。79歳。

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