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【一聞百見】朝乃山の親方デス! 定年までに もうひと花を咲かせたいネ 元大関・朝潮の高砂親方(63)

漫才コンビみたい? 「おかみさん」の恵さんと高砂親方 =東京都墨田区本所の高砂部屋(松本健吾撮影)
漫才コンビみたい? 「おかみさん」の恵さんと高砂親方 =東京都墨田区本所の高砂部屋(松本健吾撮影)
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■「もうひと花咲かせなあかんよ」

 「おかみさん」の話をすると、とたんに大ちゃんの目が一段と細くなる。親方より8歳年下の恵さん。さぞや熱烈な恋愛結婚かと思いきや、なんとお見合い結婚。きっかけはある年の大阪・今宮戎神社。「福娘」に選ばれた恵さんは、テレビ局のインタビューで「大阪の人気者といえば大相撲の朝潮関。好きな人は?」。「はーい」と手を挙げた。その放送をたまたま朝潮の両親と近大相撲部の同級生のお母さんが見ていた。「こんな人が大ちゃんのお嫁さんに来てくれたらええのに…」

 恵さんのお父さん芋縄純市氏は大阪のスーパーチェーン「コノミヤ」の創業者。そして近大ボクシング部出身。縁はどんどんつながっていく。そして同級生の家でお見合い。「会った瞬間、背中にビビビと電気が走ったわ。松田聖子よりオレの方が早いで」と鼻高々。「ビビビ」とは平成10(1998)年、歌手の松田聖子が電撃再婚した際「会った瞬間にビビビときたの」と発言。“ビビビ婚”といわれた。

 〈そんな古い話、誰も覚えてへんで〉

 当時、相撲部屋のおかみさんの理想像は“しっかり者”。「ウチの女房もテレビに出たんやが、イメージは“ちょっぴりドジなおかみさん”。玄関の扉を弟子と一緒に拭いとって、扉を閉めて弟子の指を挟むし、しっかりテレビに撮られとったよ。でも、そのちょっと抜けたところが、ええんやなぁ。弟子たちにも人気がある」

 「ええ夫婦(めおと)漫才コンビやね」「ほんまや、オレがつっこみで女房がボケや」そんな話をしているところへ「おかみさん」が顔を出した。「なんか、私の話してるみたいで、気になるわぁ」というわけで2人のツーショット。「あんまり定年、定年いうて親方を追い込まんといてね。まだ、1年半あるし、これからひと花もふた花も咲かせてもらわんとあかんのやから」

 そう、大ちゃん、おかみさんのいう通り。63歳、お互いこれからでっせ!

なんと幸せそうな大ちゃんの顔 =昭和61(1986)年、東京都千代田区のホテル・ニューオータニ
なんと幸せそうな大ちゃんの顔 =昭和61(1986)年、東京都千代田区のホテル・ニューオータニ
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【大ちゃん復活も?定年後の去就に注目】

 あと1年と半年で65歳。高砂親方は“定年”を迎える。申請すれば5年間の定年延長が認められる。その場合、「高砂」の名跡は返上。部屋は持てなくなるが、部屋付きの親方となって力士の指導はできる。では、延長しなければ?

 協会から外れ、舞の海や北の富士のように現役時代のしこ名「朝潮」を名乗ってもいい。ファンとすれば「大ちゃん」復活-もうれしい。ただし、タレント活動や相撲の解説はできても、力士の指導はできなくなる。そこが悩みどころ。「5代目朝潮や横綱を自分の手で育てたい-と思ったら、部屋付き親方になるしかないな。まぁ、ゆっくり考えるわ」

     ◇

 【プロフィル】七代目高砂浦五郎 元大関・朝潮太郎(四代目)、本名・長岡末弘(すえひろ)。昭和30(1955)年、高知県室戸市出身。近大時代に2年連続で学生・アマ横綱に輝く。卒業後、高砂部屋に入門。「大ちゃん」の愛称で親しまれる。昭和53年3月「長岡」で初土俵。以後「朝汐」「朝潮」と改名し58年3月に大関昇進。60年3月の大阪場所で初優勝。平成元(1989)年3月引退。翌2年に「若松部屋」を起こし、14年に「高砂部屋」を継承。横綱・朝青龍らを育てた。

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