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【ビブリオエッセー】大海に浮かぶ一枚の板 「カルネアデスの舟板」松本清張

 歴史学者の師弟によるいささか俗っぽい生態描写にひきこまれたら、一転、暴行と殺人…。終盤、手だれの清張らしい突然の場面転換に「カルネアデスの舟板」=緊急避難がからんでいたとは。正当防衛とさらに厳格な要件が必要な緊急避難とは、形式としては犯罪といえても成立しないということだ。

 この題名は「大海で船が難破した場合に、一枚の板にしがみついている一人の人間を押しのけて溺死させ、自分を救うのは正しいか」という、哲学者、カルネアデスの問題提起に由来する。

 ストア派の形式的独断を衝いた古代ギリシアの懐疑論者、カルネアデスらしい問題提起だ。これで古代ギリシアの懐疑論は不可知論の嚆矢(こうし)となりえた点、哲学史上の意義は大きい。哲学の宿命を言い当てているとも言われ、そのことを思い出させる傑作だ。

 小説は、戦後の社会科教科書の歴史記述をめぐり、日和見的な進歩派学者による、ある事件が描かれている。犯行の着想に緊急避難の法理が使われているのだ。

 高校時代、ロングホームルームで抽象的な議題をよく討論したが、先生は「こういうのはなかなか結論が出ないとの意見をよく聞くが、僕は必ず、そもそもこういうのはわれわれで結論が出るわけはないと答えることにしている」と話していた。多感なりし日の私にとって目からうろこの一言だった。

 芭蕉の名句を借りれば〈さまざまのこと思い出す清張かな〉。桜かな、を清張と置き換えてみた。いまの思いだ。

大阪府富田林市 内免久和70

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