PR

産経WEST 産経WEST

金剛組棟梁が語る「最古の企業」の歴史と矜恃 「未来を考えて建築する」

建築現場で使われる継ぎ手を披露する金剛組の木内繁男棟梁=大阪市中央区
建築現場で使われる継ぎ手を披露する金剛組の木内繁男棟梁=大阪市中央区

 飛鳥時代の“創業”から1400年以上の歴史を持ち、「世界最古の企業」とされる大阪市天王寺区の建築会社「金剛組」で匠の技を伝える現役棟梁(とうりょう)が、伝統にまつわる秘話や宮大工の矜持(きょうじ)を語った。人気作家の木下昌輝氏が金剛組をモデルに執筆した『金剛の塔』の出版記念イベント。ゲストとして招かれた木内繁男棟梁が登壇した。

 「これが建物を組み上げる際に使う継手(つぎて)と呼ばれるものです」

 木内棟梁が、釘を使わずに隙間なくがっちり組み合わさった木材を掲げると、匠の技を目の当たりにした会場から歓声が沸いた。

 直木賞ノミネート3度という気鋭の作家、木下氏が金剛組を題材に取り上げたきっかけは、木内棟梁が講師を務めた講座を聞いたこと。「聖徳太子から続く会社があることを知って、『これは面白い!』と思いました」と振り返る。

 金剛組は578年、聖徳太子から四天王寺の施工を言い渡されたときを始まりとする。そんな「世界最古の企業」を特徴付けているのは何かというと?

 「そりゃ、四天王寺さまをお護りさせていただいた1400年という歴史やな。宮大工の技量なら、他にも優れた職人がいるかもしれんし…。だいたい、わしらは金剛組のことしか知らん」。木内棟梁はあっけらかんと言い放つ。

 だが、その歴史の長さにこそ、途方もない重みがある。例えば金剛組がこだわる「軒の勾配」。雨が多い日本では、急勾配にした方が早く雨だれが流れ落ち、耐久性が高くなる。しかし、金剛組は、あえて軒先を少し反り上がらせ、軒を深く取る。それが、五重塔などの神社仏閣の屋根に優雅な美しさを与えるからだ。丈夫さだけでなく、美しさにもこだわった建築法といえる。

 歴史の重みは、技法もさることながら、独自の儀式にも表れる。毎年1月11日に四天王寺金堂で執り行われる秘儀「手斧(ちょんな)始め式」。大工仕事を模した儀式で、選ばれた大工12人が平安貴族のような装束で参加する。一般には公開されていない。

 「選ばれたときは、そりゃ名誉なことと思いましたよ。初めての時は緊張してね。暗闇の中で行うのやけど、扉がバタンと閉まったら、そこから全く覚えてない」。厳かさに加え、伝統に直面した緊張感が伝わってくる木内棟梁の回想だ。

 小説「金剛の塔」には、五重塔が火災などで何度も失われ、その都度再建されたがゆえに、技術が継承されたとするくだりがある。「代々伝わる古文書もあるけど、実際にそれを作っていくからこそ、技術が伝わる部分もある」。技術の継承にとって実践が重要なことには、木内棟梁も同意する。

 四天王寺の建築を担ってきた金剛組だが、実は、8代目にあたる今の五重塔では施工から外れた。木造ではなく、コンクリート工法が採用されたからだ。

 その代わりというわけではないが、「なんとか請け負わせてもらった」という金堂には、金剛組の伝統技法と意地が盛り込まれている。

 「金堂もコンクリートでやったんやけど、昔から受け継いだ技術にもこだわった。コンクリートと木材の境目には、微妙に隙間を作っている。木は膨張するからな。千年先も考えて建てたんや」

 膨張率などを綿密に考えた上で、飛鳥時代から伝わる“アナログ”の技術も加える。「未来を考えて建築する」のが、歴史を背負った宮大工の矜持だ。昨今は耐震偽装問題などが発覚しているが、金剛組の建築物はその対極にある。

 「そら、信仰の対象として未来に残していくものを作っているんやから。見えへんから手を抜くとかはない」

 宮大工という職業に就いていても、五重塔の建築に関われるのは、一生に一度あるかないか。では、もしも今、四天王寺五重塔の建て替えを受注したら?

 「そら、今度は木造にしますよ。それも飛鳥時代から伝わる金剛組の技法を使ってね。現代の工法は使わないのかって? わたしらは、昔から伝わるやり方が一番いいと信じているからな」

 その言葉を実証するように、歴代の五重塔が地震で倒壊した例はない。そんな1400年伝わる奇跡の工法を今も守り続けていることが、金剛組を金剛組たらしめているのだろう。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ