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【3つの「謎」~百舌鳥・古市古墳群】(下)仁徳陵の被葬者は

 古代の陵墓制度を研究している北康宏・同志社大文学部教授(日本古代史)は、こう解説する。作業が難航したのは、「陵戸(りょうこ)」と呼ばれる専属の管理担当者を設置できなかったことで裏付けられるといい、初期の天皇や5世紀後半の安康(あんこう)、仁賢(にんけん)、武烈(ぶれつ)といった天皇陵だという。

 このように苦労を重ねた確定作業の成果も、中世には忘れ去られ、幕末・明治に至って振り出しに戻って治定が繰り返された。考古学的な知識もほとんどなかった時代で、矛盾点が出ても仕方ないだろう。

 ほんの30年ほど前まで、仁徳陵と応神陵だけは全国1、2位の大きさであることから、「被葬者は間違いない」と信じられてきた。だが考古学の進展は、日本書紀の記述の正否までも含め、新たな疑問を生み出している。たとえば、仁徳陵古墳は42年もの長期にわたり在位したとされる允恭天皇の墓だとする意見もある。世界遺産登録の喜びの一方で、「謎」の大きさもクローズアップされているのである。(客員論説委員 渡部裕明)

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