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【湖国の鉄道さんぽ】田園地帯なのに特急も停車 湖北・田村駅の歴史トリビア

田村を通過する特急しらさぎ。手前のスペースに機関車を止める留置線があった
田村を通過する特急しらさぎ。手前のスペースに機関車を止める留置線があった
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 米原から北陸線に入って2つ目にある田村駅(滋賀県長浜市)。上下線の相対式ホームの位置が南北にずれており、本線の間には線路2本分ほどのスペースが存在する。かつて、列車運行に重要な役割を果たしていた駅の歴史を現在に伝えている「空き地」だ。

 昭和30年代中盤、田村は急行など優等列車が停車する駅だった。ブルートレインと呼ばれた寝台特急も客の乗降扱いはしないものの停車。50年代に入っても大阪と青森を結んでいた急行「きたぐに」が止まっていた。それも0時22分発という深夜帯。いまでこそ、長浜バイオ大学、長浜バイオ大学ドームなどの最寄り駅だが、当時の駅周辺は田園地帯。急行を止めるほどの利用客があったわけではない。停車は客車を引く機関車の付け替えが行われていたためで、現在残る駅構内の空き地は、それらの機関車を止めておく留置線があった場所だ。

 鉄道の電化方式には直流と交流があり、東海道線をはじめ本州の主要幹線はほとんどが直流だ。一方、変電所など初期投資が抑えられる交流電化が国内の主要路線で初めて採用されたのが田村-敦賀間。32年のことだった。しかし、米原-田村間は電化されなかったため、この区間は架線と関係ない蒸気機関車(SL)で走り、田村で交流用の電気機関車に交換し、列車は敦賀に向けて出発していった。

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