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【虎番疾風録第3章】(14)監督と報道陣 「対立」のきっかけ

ブレイザー監督(左)の戦力構想の中に「ルーキー岡田」はなかった
ブレイザー監督(左)の戦力構想の中に「ルーキー岡田」はなかった

 恐れていたことがついに現実となった。テンピ・キャンプも終盤に入った3月4日、雨天中止となったグランドキャニオン大との練習試合で、岡田を先発メンバーから外し、ヒルトンを「7番・一塁」で起用する予定だったことが判明したのだ。

 「シーズン中には故障者も予想される。1人の選手が2つ以上のポジションをこなせたらベストだろう」と説明したものの、ブレイザー監督の頭の中にはヒルトンをどう使うか-しかなかった。

 フロントは岡田をドラフトで獲得した時点で「遊撃」か「二塁」で育てる構想を描いた。「中堅」には外国人選手を入れてセンターラインの強化。だから、キャンプ前の自主トレでブレイザー監督が「岡田一塁」を打ち出したとき、小津球団社長は「看板になる選手は外野よりも、内野に置かなくてはいけない。まだ一塁ならお客さんも喜んでくれるだろうが…」と渋い表情をみせた。

 6日、大洋とのオープン戦ではヒルトンが「2番・一塁」で起用され、岡田は先発から外された。そのヒルトンが三回、大洋の先発・田中から左中間へ特大のホームランを放った。

 「ヒルトンにとってもブレイザーにとっても“待望の一発”やな。けど、こうなってくると、ますます岡田の使いどころがなくなってくる。大物ルーキーやのに、せっかくの素質も殺されてしまう」と、OBの後藤次男。昭和43(1968)年のドラフト1位で獲得した田淵(法大)を、キャンプで一から鍛え上げ、我慢強く使い続けた当時の監督だからいえる言葉だった。

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