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松江城石垣下に防空壕 空襲時、県職員の避難用か

松江城の石垣下から見つかった防空壕跡(西出入口と書かれたプレートの部分)=松江市
松江城の石垣下から見つかった防空壕跡(西出入口と書かれたプレートの部分)=松江市

 国宝「松江城」(松江市)の石垣の下に防空壕跡があることがわかり、同市は説明会を行い、現地を報道関係者らに公開した。戦時中、城のすぐ南側にある県庁の職員が空襲時に避難するために造られたものとみられる。

 同市によると、天守の南約200メートルにある「月見櫓」下で、石垣の解体修理作業をしていたところ、防空壕とみられる2カ所の入り口跡(高さ約2メートル、幅約2・7メートル)が見つかった。さらに内部を確認すると、入り口の奥はつながっており、長さ約28メートル、幅最大約4・5メートルの空洞があった。

 昭和20年に、県から松江市に対し、防空壕掘削についての文書が出されており、今回見つかった防空壕跡は、文書に記された位置や規模とほぼ一致するという。同市では大規模な空襲はなかったため、戦時中には使用されなかったとみられるが、終戦当時の知事が回想録に「(終戦直後)県庁が焼き討ちされた際、県庁右の城山の地下の退避所に(昭和天皇の)御真影を運んだ」とする記述があり、同市は「位置などから推察すると、今回見つかった防空壕に運んだ可能性もある」としている。

 同市埋蔵文化財調査室は「防空壕の中に何も構造物はなく、腰のあたりまで水がたまっていた。崩落の危険もあり、そのまま保存することはできない」として、調査後には防空壕を埋め戻すことにしている。

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