PR

産経WEST 産経WEST

【軍事ワールド】「韓国勝利」の証しを消し去る 中国にへつらう文政権に国民は… 

6日、韓国ソウルの国立顕忠院で演説する文在寅大統領(ロイター)
6日、韓国ソウルの国立顕忠院で演説する文在寅大統領(ロイター)
その他の写真を見る(1/2枚)

 韓国政府が朝鮮戦争(1950-53年)時の「勝利の証(あか)し」を消し去ろうとして韓国内で論争が巻き起こっている。舞台は、韓国軍を含む国連軍と中国義勇軍が激突した韓国北東部の「破虜湖」(パロホ)。中国に媚びるためなら歴史改変も厭わない文在寅政権に韓国国民は怒りの声をあげるのだが…。(岡田敏彦)

蛮族を打ち破る

 破虜湖の戦いは朝鮮戦争が激戦となった1951年5月26日に起こった。破虜湖は華川(ファチョン)ダム建設によってできた人造湖で、元々の名前は「大鵬湖」だった。

 韓国の歴史では、このダムをめぐって韓国第6師団と中国義勇軍が激戦を展開し、4日間の戦闘で約2万人余の中国部隊を壊滅させ、韓国軍が圧勝したと伝えられている。当時の李承晩(イ・スンマン)韓国大統領は4年後に同湖を訪れ、中国の女真族に対する侮称である「オランケ」(北方の野蛮人の意)を打ち破ったとの意味の「破虜」を湖の名として定めた。

 実際のところ、米軍(国連軍)では特に激戦との評価はなく、当時発生した「幾多の戦闘のひとつ」という位置づけで、主力も韓国軍ではなく米第9軍団だった。

 むしろ直前の5月、韓国北東部での「懸里の戦い」で韓国軍韓国第3軍団の劉載興(ユ・ジェフン)軍団長が部下を見捨てて連絡機で逃走。部下も雪崩をうって敵前逃亡した結果、第三軍団は米軍の命令により解隊されるなど、韓国軍の信用度が地に落ちた状況で迎えた戦闘だっただけに、同湖での戦闘は韓国軍がなんとか「軍事組織」の体面を保った程度の戦いだ。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ