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「桟橋で見送る父、忘れず」ハンセン病元患者家族

 男性は後に、大島青松園から父親を呼び寄せ、一緒に暮らした。父親は元患者と知られないよう近所づきあいをせず、来客と顔を合わせるのを避けて母親と2階の部屋で過ごすことが多かった。十数年前、父親は体調を崩して大島青松園に戻り、ほどなく他界した。

 男性は最後まで周囲には父親の病気を隠し通した。「ようやく病気と縁が切れる」とほっとした気持ちもあったが、まだ「一生隠さなければならない」という思いも抱えているという。

 ただ、自分も原告となった訴訟では、支援を呼びかける集会で体験を語り、国会議員への要請活動にも参加した。「女手一つで子供を育て、苦労した母親が生きているうちに国に謝罪してほしい」という思いからだ。ハンセン病は薬で治るようになり、病気についての正しい理解も広まってきた。だが、さらなる偏見や差別が子や孫に及ぶことを恐れ、男性と同様、原告の多くが匿名で訴訟に参加している。男性は勝訴判決を勝ち取り、「誤った偏見や差別がなくなる方向に進んでほしい」と願っている。

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