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【倒れざる者~近畿大学創設者 世耕弘一伝・第3部】(3)GHQ通達を無視、軍関係学校出身者に門戸

 後に大学事務局職員から聞いた話によると、大専の校長で、理工科大学の運営に参画していた弘一は「理不尽だ」と憤り、あえて通達を無視して合格点に達した受験生の入学を認めたという。当然GHQからのクレームの電話が寄せられたが、弘一は電話口でこう啖呵を切った。

 「戦時中、国家のために身を賭して陸、海軍の諸学校に籍を置いたことを理由に、向学心に燃えた前途有為な青年の芽を摘むような入学者数の制限は言語道断であり、わが国の将来にとっても大きな損失で、理不尽な指令である」

 以降、GHQは何も言ってこなくなり、ペナルティーなどはなかったといわれている。戦後、泣く子も黙るといわれたGHQの意向に盾突くような決断は、そうとうな覚悟が必要だったに違いない。戦前は、軍国主義や翼賛体制をも正論で批判した弘一は、こうしたときに周囲から「損になる」と忠告されることもあったが、「正しいことを言って不利になれば仕方ないじゃないか」と語っていたという。

 大学卒業後、京都大学の助手を経て、近大に戻って研究と教育に取り組んだ松岡はこう振り返る。

 「あのとき不合格になっていたら人生は大きく変わっていたと思います。同期の仲間たちは恩義と期待に報いようと勉学に励み、ほとんどは上場企業の要職に就き、戦後日本の経済発展に力を尽くしました。その意味で、総長の決断は戦後の日本の復興に貢献したのではないでしょうか」(松岡達郎)=敬称略

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