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平安貴族邸宅の門や塀の跡が出土 京都市

平安時代の中級貴族とみられる邸宅の門の跡などが出土した発掘現場=京都市中京区
平安時代の中級貴族とみられる邸宅の門の跡などが出土した発掘現場=京都市中京区

 京都市中京区の平安京跡の調査地から、11世紀ごろの中級貴族の邸宅のものとみられる門と塀の跡が出土し、25日、京都市埋蔵文化財研究所が周辺住民を対象にした現地説明会で公開した。保存状態は極めて良好で、平安貴族の屋敷の構えを具体的にうかがわせる貴重な資料という。

 調査地は平安京の左京四条四坊一町にあたる。社屋建設に伴い約300平方メートルを調査したところ、南北道の高倉小路の西側溝に沿って塀とみられる柱跡の列が出土した。その中からひとまわり大きい柱穴が2カ所出た。

 門の跡とみられ、柱穴の直径はいずれも約60センチ、間隔は2・1メートル。礎石を据えることなく、直接に土を掘って柱が立てられたとみられ、門の規模も小ぶりなことから、正門の可能性は低いという。門と塀は11世紀後半まで存在していたらしい。

 同研究所によると、出土した土器類、瓦などの遺物や門の規模などから、宮中への昇殿が許可される五位前後の貴族の邸宅が想定されるが、宅地の広さは確認できなかった。

 宇治に平等院を建てた藤原頼通が、父・道長に続いて藤原家の全盛期を築くなど、まだ貴族が権勢を誇っていた11世紀の、貴族の邸宅跡が良好な状態で見つかったのは珍しい。

 さらにこの直後に道路側溝が埋められて、室町時代の16世紀には、ほぼ同じ場所に再び門と塀が設けられたことも確認された。

 山田邦和・同志社女子大教授(考古学)は「調査地のほとんどが後世の壁用の土取りなどで荒らされるなか、塀と門の跡が良好な状態で残り、のちも引き継がれて門と塀が建てられたのは、そこが境界として重用された結果だろう」と話している。

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