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寺内町の絵図、富田林初の市指定文化財に 大阪

今回、市指定文化財になった中では最も古い宝暦3(1753)年の絵図(富田林市教委提供)
今回、市指定文化財になった中では最も古い宝暦3(1753)年の絵図(富田林市教委提供)
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 約460年の歴史を誇り大阪府内で唯一、国の「重要伝統的建造物群保存地区」(重伝建地区)に選定されている同府富田林市の「富田林寺内町」を描いた絵図7点を、市指定文化財の第1号としたと市教委が発表した。江戸時代中期から後期に作製されたもので、今年秋以降の一般公開を目指すとしている。

 富田林寺内町は戦国時代の永禄年間(1558~70年)に「興正寺別院」を中心とする宗教自治都市として誕生し、江戸時代には商業都市として発展した。平成9年に大半が重伝建地区に選定。その後、選定区域が拡大され、現在は東西約470メートル、南北約400メートルの約12・9ヘクタールに達している。国の重要文化財「旧杉山家住宅」を含む重厚な町家が数多く残る。

 一方、今回の7点を含む寺内町や周辺を描いた絵図9点が25年、市民から市に寄贈された。29年に市文化財保護条例が施行されたこともあり、市教委は史料の価値を改めて評価。初の市指定文化財とした。

 今回指定されたのは、寺内町が描かれた7点。宝暦3(1753)年作製の絵図が最も古く、領主や地域のまとめ役である村役人の名前などから天保14(1843)年ごろのものと推測される絵図が最も新しい。村役人の家で保管されていたとみられ、その子孫が寄贈したという。

 最古の宝暦3年の絵図は「市場筋」「城之中筋(現・城之門筋)」など町内を通る筋の名称を記載。それよりやや新しい1760年代の地図には約1890人が居住と、人口が記されている。また、天保8(1837)年の絵図では4カ所の門が認められるが、同時期の別の古文書によると、門は少なくとも10カ所ほどあったことが確認されている。

 100年近い期間の地図があることで、古い絵図ではやぶだった場所が新しい絵図では宅地になったとみられるなど、時代の変遷とともに寺内町が開発されていったこともうかがえる。絵図は、領主が支配地域の状況を把握するため、各地の責任者らに作製させたもの。今回の7点は「控え」で、原本は領主に提出された。

 市教委は「富田林寺内町や、周辺の変化を知るうえで極めて貴重な史料」と評価している。

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